2013年2月17日

連絡事項

お知らせがあります。 メールにてご質問いただいたYMさま お返事したのですが、Unknown user とのことで戻ってきてしまいました。 新アドレス、あるいは他のアドレスをメールにてお知らせいただけると助かります

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月20日

はじまり そして さようなら

4月某日。お陰様ではるくんは無事に小学生になりました。

病気と闘っているころは、小学生になる、なんていうことを考えることすら怖かった。

けれど、今では使っていた抗がん剤の名前を全部思い出せないくらい、遠い話になりました。

ハハとして、ずっとずっと考えていたことがありました。

それは、このブログをどうするか、ということ。

はるくんが神経芽腫だとわかったころ。インターネットで「神経芽腫」と検索すると、暗い内容しかヒットしませんでした。ブログに至っては、当時はまだブロガーという単語がメジャーでなかったほど、やっているひとが少なかったこともありますが、「天使になった」という内容ばかりで、悲しすぎてとても読めませんでした。

今、まさにこの病気で戦っていることを、知人に限らず広く一般に発信することは悪いことではないのではないか?(もちろん、第一の目的は、心配してくれている家族・友人・知人の皆様へ状況をお知らせすることでしたが)と思い、顔写真も出して、支障のない範囲で状況を綴ってきました。

退院して、元気になって。おお、ステージ4でも、こんなに元気になった子がいるよ、と希望を見出してくださった方からのメールは相当な数になりました。そして、このブログがご縁で知り合ったかけがえのない仲間もできました。

退院後のはるくんが「幼稚園」という社会に入ったとき。免疫も弱く、いろいろな面で園の先生、お母さんたち、お子さんたちのサポートが欠かせませんでした。病気のことをカミングアウトしない、という選択肢は私にはありませんでした。そして、すばらしい環境の中、病気が原因で、何かを言われたりだとか、そういった類の辛い思いをすることは、一度もありませんでした。

腫れ物に触るようでもなく、「過保護過ぎない?」とか「しつけがなってないんじゃないの?」とか批判をされるわけでもなく、同じ幼稚園で過ごす仲間のひとりとして、ごく普通に接していただきました。そのことは、私たち親子にとって宝の時間でした。

でも、いつしか、はるくんが難しいことを理解するようになり、勘が働くようになり、「第三者から偶然にも告知されてしまうかも」というリスクが高まってきました。

今はまだ、大丈夫かもしれない。でも、小学校という新しい環境の中で、病気のことは伏せておきたい。そう思うようになりました。

一番の理由は、上にも書いたとおり、「第三者からの偶然の告知」を恐れているからです。

幼いころ、大変な病気をした、ということは理解していますが、彼の記憶には当時のことはほとんどないようです。あっても、一つの景色を切り取った断片的なもの、のようで。

ですので、告知にはとてもナーバスになってしまうのです。適切な時期は?方法は?…

今後、フォローアップをしてくれている専門外来の看護師さんとも相談しながら、それを探っていきたいと思います

もう、おわかりかと思いますが、ブログ「はるくんこんにちは」の更新は、無期限停止とすることにしました。

同じ病気を克服して、元気に過ごされている方のブログもたくさん見つけられるようになった現在、「元気になった子もいるんだよ。大丈夫、少し先の未来の事だけ考えて、乗り越えて」というメッセージを発信する役目は終えたのかな、と思っています。

でも、元気ですよ、というご報告はさせていただきたい。だから、別の場所で新たに私たち家族の日々の暮らしを綴るblogを立ち上げる予定です。

準備が整いましたら、お知らせさせてください。

そして、現在も神経芽腫という憎き病魔と闘っているお子さんをお持ちのご家族のみなさま。どうか、あきらめないで、ほんの少し先の未来が今日よりもよくなるんだ、と信じて日々を乗り切ってください。ある日振り返れば、大きなハードルをたくさん越えていることに気付かれると思います。1日も早く、ご家族がそろってご自宅で過ごすことが出来るよう、お祈りしております。

そして、私で力になれることがありましたら、遠慮なくメッセージをお送りください。

これまで私たちに「がんばれ」と声援を送ってくださった皆様、本当にありがとうございました。

さようなら。そして、また、どこかで。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2011年3月23日

卒園

東北関東大震災の被害に遭われた方々。心よりお見舞い申し上げます。

1日も早く、安心して眠れる夜が訪れますように…。


地震のこと、それまでのこと、書きたいことはたくさんあるのですが、それらをすっとばし、ご報告です。

先日、はるくんは無事に幼稚園を卒園することが出来ました。

Dsc00680

卒園式1週間前に開かれた謝恩会。その謝恩会の数日前から発熱したはるくん。 謝恩会当日も熱がありましたが、なんとか参加し (ハハが謝辞を読むことになっていたので、はずせない、という大人の事情もありました)、 その後も大事をとっての欠席。

ようやっと元気になって登園した矢先の地震…。

そんなこともあって、ただひたすらあわただしい中での卒園でした。ハハは実感ないまま、気持ちの切り替えもできないまま 園とさようならをしてしまい、いまだにぽっかり胸に穴が開いています。

そうは言っても、やはり卒園式は感動的でした。

式が行われた聖堂(カトリックの幼稚園なので)に先頭でしずしずと入ってきたはるくん。年長のお姉さんに手をひかれて、とことこと歩いていた、3年前の小さいはるくんを思い出し、涙、涙でした。

いろんなことがありました。入園当時は、「入院していたブランクの1年があるんだから、みんなよりも出来なくて当たり前」って開き直っていました。 というか、感染しないように、とか、そういう「病」に対する不安が常にあって、「もう少ししっかりしてほしいなー」とかそんなことを感じる余裕が 無かったのかもしれません。

それが、1年、2年、と時間が経つと、「これくらいできないと困るでしょう?」「大丈夫?小学生になれる?」と、追い付くことに対して、すごくプレッシャーを与えてきてしまいました。そんなこと言っても、どうにもならないのに。わかっているのに。

こどもを見守ることをとても大切にしてきた幼稚園なのに…。

初心に帰ることが大切ですね。万が一、最悪の場合はみんなと一緒にこの日を迎えられなかったかもしれないわけで…。

そう思うと、元気にみんなと卒園出来たこと。夢のようです。そして、神に感謝。支えてくださったみなさまに、感謝です。

ありがとうございました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年3月 1日

りょうくんお食い初め

数日前。

「りょうくん、3か月だねー。早いねぇ」

なんていう会話をしておりました。

そして気づいたのです。

あぁ、もうすぐお食い初めだ!

実は、明日、生後100日を迎えます。母、まだ何も計画しておりません

はるくんのお食い初めの時の様子を見てみると…。

すごいちゃんとやってます。

あぁ、ごめん。りょうくん。

今週末のハハチチさん喜寿お祝い旅行のことと、はるくんの卒園のことで頭がいっぱいだったのです。

二番目ってこんなもん?ごめんね

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年1月26日

りょうくん2か月

Dsc00363

早いもので、りょうくんが生まれて2か月経ちました。

先日、区の保健所で「2か月児の会」というのがありまして。体重測定とか、子育て(というかお世話)についてのお話とか、グループに分かれてお話とか、そんな感じのイベントです。

その中で、ショックなことが。

なんと、りょうくん、体重の増えが悪かったのです(ノ_・。)ウッ

生まれた時の体重は。3280g。生後25日で3765g。でもって、2か月で4440g。一応発育曲線には沿っているのですが、鈍化傾向というか、目安エリアの真ん中あたりから、下の方へ、という感じ。2676gで生まれたはるくんが、2か月の時は4800gを超えていたので、りょうくんの体重の伸びの悪さがよくわかります。

混合栄養ですが、けっこう吐くのでミルクの量は足りているんだろう、と思ってました。

第一、ミルクを飲み終わった後に「もっとくれ~」と泣かないですし。見た目も、わりとぽっちゃりしているし。

でも、もう少し太らせないといけないみたいです。昨日から、ミルク増量中。やはり吐きますが、増やした分だけ多めに吐いてるってこともなさそうなので、このまま進めてみようと思います。

お兄ちゃんはるくんは、よく遊んでくれます。


Dsc00397

【仮面ライダー】お。赤ちゃんがいるぞ、いじめてやれ


Dsc00402

キーック!!!
うわーん


Dsc00399

【りょう】よぉーし。反撃だ!オイラのキックを受けてみろ!


Dsc00398

ぼかーん


とかやって、親子3人で遊んでおります(笑)。2番目は楽しいです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年1月 3日

2011年、今年もよろしくお願いします

早いもので新しい年を迎えました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年の今頃は、新型インフルエンザにかかったハハ(私のことですが)は一人さびしく自宅でお正月を迎え(家族はみんなリゾートへ旅立っていった)、ひたすら眠っておりました。

一昨年もその前の年も、その前も、その前も、誰かが具合悪く、家族全員そろって、なんの心配事もなくのんびり過ごせるお正月は久しぶりです。

今年はりょうくんがいるので、大掃除も端折り、おせちも端折り、楽をさせてもらいました。来年こそは!達成感のある(?)年越しをしたいところです。

今年は、怒る前に一呼吸できる人間になりたいと思います。特に、「母」としての自分の時に。

最近のはるくんは「それ、言ったよね?同じことで怒られるの何回目?人の話をちゃんと聞きなさい!お約束を守りなさい!」と言いたくなることばかり。驚いてしまうほど忘れっぽく、こちらの話を聞いていません。

そのくせ、DVDやテレビに出てくる会話は正確に記憶していて、年がら年中「そちらの世界」の話をしている始末。 時間を決めて見せてはいるものの、この状態には正直うんざりです。

なのでついつい声を荒げてしまう。

「同じこと何度怒られたらわかるの?」

「どうして人の話を聞いてないの?」

「小学生になって先生のお話を聞いてなかったら『廊下に立ってなさい!』って言われちゃうよ。のび太くんと一緒だよ」

etc…。

その度に首をすくめて目をぎゅっと閉じ「不本意ながらまたやってしまった」と、ちっちゃくなっているはるくん。

萎縮してしまったら嫌だなぁと思いつつも、じゃぁ、どうやったらわかってくれるんだ?子供に対する「当然出来ていてほしい」という要求レベルを、5歳の時、4歳の時、はたまた3歳の時のように下げて接していけばいいのか?と自問自答を繰り返す日々。

せめて自分のペースで言い放つのではなく、ゆっくり、少し待ってあげよう、とは思いつつもなかなか実行できない未熟者のハハです…。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010年12月31日

ハハの40日

りょうくんが生まれて早いもので40日が経ちました。

ハハ(私のことですが)は、10日間の入院、11日間のハハアネ宅での静養を経て自宅へ戻り、はるくんの幼稚園の2学期ラスト1週間&クリスマス礼拝を終え、冬休み突入となんとか一区切り付きました。

入院は、いろんな方に「のんびりしてきて」と送り出されましたが、スパルタな病院でして。帝王切開の手術後(当日)、まだ麻酔が切れてなくて自分で下半身を動かすことができないうちからりょうくんを連れてこられて「さぁ、授乳しましょう!」と。

ベッドの柵につかまって、体を横に向けると、助産師さんがりょうくんを横向きに寝かせ、「添い乳」体勢に。 「なめるだけでも良いんです!」と昼夜問わず3時間おきに授乳。

自力でトイレに行けるようになると(私は尿カテが嫌で、翌日の朝には抜いてもらった)24時間母子同室。あっという間に硬膜外麻酔も切れて、傷と子宮収縮の痛みで腰を折りながら点滴棒につかまってよろよろ歩き、うにゃー、と泣けば、ひたすら授乳。

第二子の時は「まだまだ入院していたいぃぃ」と後ろ髪をひかれる思いで退院する、なんて話をよく聞きますが、ハハは「そろそろ帰りたいぃぃぃ」と思い続けておりました。

さて。

退院後は自宅から8kmほど離れたハハアネ宅に居候。中学2年生と小学校4年生のgirlsがおりまして、「赤ちゃんがやってくる!」と心待ちにしていてくれたようです。

ハハアネ宅はパラダイスでした…。

上げ膳、据え膳はもちろんのこと、姪っ子たちはかわるがわるりょうくんを抱っこしたり、かまってくれて。最近の女の子たちとのおしゃべりも楽しく、女子高のノリってこんな感じ?ハハアネは「合宿みたい♪」と言ってくれてましたが、そんな感じでした。

girlsたちの定期テスト直前というタイミングで、しかも上の姪っ子が骨折してしまうというアクシデントもあり、大変だったはずなのに、はるくんの幼稚園への送迎やバランスの良いお食事づくり、大量のお洗濯など、休む間もなく動いてくれたハハアネさんに深く感謝です。

世間で、お姉さんが子連れで実家に出戻って、しばらくして妹も子連れで実家に出戻って、3世代、3家族わいわい生活しているご家庭の話を聞きますが、正直、気持ちわかるなーと思いました。あ、出戻りたいって意味じゃなくて、姉妹でそうやって暮らすのってとっても楽しそうだな、と。

そういえば、「お互いおばあさんになって、配偶者が旅立ったら、二人でハワイのコンドミニアム買って一緒に住もう」って約束したことがあったっけ。20年以上前のことですが(笑・でも私はけっこう本気)。

年末ですし、10日ほどでパラダイスから自宅へもどり、間もなく3週間が経ちます。

遠慮せずに周囲に世話になる、できないことはあきらめる、で、なるべくストレスをためないように暮らしてきました。

はるくんの時は、いっぱいいっぱいで、子育てを楽しむ余裕なんてなかったし、お友達もいなくて、チチ帰宅まで誰ともしゃべらない、なんて日が多かったのでした。

今回は「つらい」って感じるは避けよう、と。

図々しく頼り切ってしまったチチハハさん、さまざま我慢してくれたチチ、はるくん、本当にありがとうございました。 あっという間に時間が過ぎて、りょうくんも生後40日。2010年も終わろうとしています。

今年は本当に激動の年でした。猛暑の中、毎日降園後に公園に付き合い、帰宅後ははるくんの小学校受験準備のためプリントやったり工作やったり…。「頭痛づわり」でぐったりしてしまい、ソファーに倒れこんで2時間くらい起きれない、なんてことも年中でした。

極めつけは、試験日の9日後の出産。合格発表のあと、手続きが終わったら、気が抜けたのか一気に具合が悪くなり、予定より早く入院して緊急帝王切開か?なんて心配もしたほどでした。

でも、振り返ってみれば、薄氷を踏むようなあやうさは多々あったものの、なんとか乗り越えられた2010年。もっと、こうすればよかった…と思うことは山ほどあるけれど、我が家が4人家族になって、新たなスタートとなった1年でした。

お世話になったみなさま、深く深く感謝です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年12月25日

2010年のクリスマスプレゼント

はるくんのクリスマスプレゼントは、毎年サンタさんが届けてくれます。

親としては、その願いが聞き届けられるよう、さまざま段取りをする訳ですが(^-^;、まずは「サンタさんへのお手紙を書くこと!」を夏ごろからさせています。

そのお手紙はカレンダーの裏などにイラスト入りで書かれたり(壁に貼っておく)、クリスマスまでの間に長いリストになることもあるし、いろいろです。

今年は、仮面ライダーオーズ一色で、変身ベルトにする、とか、剣にする、とか、ライダーが乗るバイクがいい、とか。

結局絞り込めずに、チチチチ家とハハチチ家からもサンタさんにリクエストをしてもらい、すべてgetしたはるくん。まぁ、今年はよく頑張りましたから。サンタさんもそれは認めてくださるでしょう。

そんなわけで、電子音が鳴り響いている我が家です。仮面ライダーは卒業する、って言ってたのになぁ(^_^;)


今年、はるくんはりょうくんへのプレゼントのリクエストもしてくれました(^_^;)

Img010

←それがこれ(クリックすると拡大します)。泣いたときにあやすためのガラガラと、パジャマだそう。ガラガラはわかるけど、なぜパジャマ?と聞くと、「いっつもお洋服で寝てるから」だそうで。

心優しいお兄ちゃんです(*^。^*)

ところで、ガラガラですが。けっこう威力を発揮してくれます。はるくんが泣いてるりょうくんのそばでガラガラやると、泣き止んでじっと見つめていることもあるんです。

「生後半年くらい経つと、上の子と遊んでくれるのよ」と先輩ママが言ってましたが、そんな感じになりそうです。期待してるよぉぉ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月15日

はるくんの3週間

さて。ハハ不在のおよそ3週間、留守番を託されたはるくん。

ハハが出産前日となる日曜日に入院してから、退院するまで、隣に住むチチチチ家と我が家を行ったり来たりの生活でした。

チチハハさんには、朝ご飯を食べさせてもらい、お弁当を作ってもらい、幼稚園への送迎、帰宅後の遊び相手、晩御飯、時には寝かしつけetc… 普段のハハ(私のことですが)+αの役割を果たしていただきました。

ハハが退院後、ハハアネ家へやってきたので、幼稚園のお迎えをハハアネに託し、チチ(だんなさまのことですが)が仕事を終えてはるくんを迎えに来るまで、ハハアネ宅で兄弟二人、ハハ、そして大好きないとこのお姉さんたちと過ごすことになりました。

移動が多くて疲れちゃうかな、と思いましたが、我が家にはないDSを貸してもらったり、エンジョイしていたはるくん。ハハの体力回復&日常生活に向けてのリハビリ(?)のため、退院後およそ2週間ほどお世話になる予定ですが、このペースで行けるかな?と思っておりました。

ハハと離ればなれになってちょうど2週間経った土日。チチとはるくんで「男二人旅」に出かけていきました。目的地は箱根ユネッサン。はるくんが病気になる直前、みんなで遊びに行ったところです。

今年、肌寒くなり始めたころから「温泉旅館に泊まりに行きたい」と言っていたはるくん。なかなか日程が取れず、出産前には実現しなかった温泉旅行ですが、「ママが居なくてもとーちゃんと二人でいいよ」と非情なことを言い、実現に至ったようです。

旅の道中も、楽しそうな写真が送られてきたり、電話がかかってきたり、絶好調だなぁって成長を感じうれしく思っておりました。

Image

もう、寝たかな?って思った頃、送られてきたのが、←この写真…。

その数分後、泣きながら電話をかけてきました。

「ママのことが心配で心配でしかたがないんだ」と言ったきり、だまったままずっと鼻をすすっています。 こちらも切なくなって、「ママもはるくんに会いたいよ」と涙してしまいました。

結局、男二人旅の帰り道、ハハアネ宅に寄って、はるくんはお泊りすることになりました。

とっても久しぶりにハハと一緒の布団で寝たはるくん。一晩寝れば気が済むかな?って思ったのですが、結局ハハが自宅に戻る前日までハハアネ宅に泊まっていました。

実は、ハハが家にいない約3週間、はるくんが荒れたりしたらイヤだなあぁって心配しておりました。幼稚園の先生にお電話で様子をうかがうと、「本当のお兄さんになって、とっても成長を感じます。一生懸命いろんなことに取り組むし、穏やかで優しいいつものはるくんでした」とのこと。

チチハハさんをはじめとして、周囲の皆さんがはるくんにたくさんの愛情を注いでくださったお蔭だなぁ、と改めて感じました。

本当にありがとうございました。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2010年12月 7日

生後2週間が経ちました

我が家の次男、りょうくんが生まれて2週間が過ぎました。

産院を1週間ほど前に退院し、ハハ(私のことですが)とりょうくんは、自宅から8kmほど離れたハハアネ宅へ。食事、洗濯その他もろもろ身の回りの世話を全部してもらって、ハハはひたすらりょうくんのお世話に専念。ありがたいことです。(ハハアネさん、ありがとう

さて、そのりょうくんですが…。お腹の中にいるときからドスドスとすごい動く子でした。来ている服の上からも動いているのがわかるほどで、「あれ?今、お腹動いたの?」とお友達から聞かれることもしばしば。9か月を過ぎるころからは、かかととおぼしきもので押されている、その形状がはっきりわかるほど∑(゚∇゚|||)

外界に出てきてからも、当然その傾向は続き、まぁ、よく動きます。

Img_2462

Dsc001792

↑は、自分で横向きました。驚きです。放っておくと、けっこうこんなポーズをしています。なので、おしっこが漏れます(;д;)。新生児用のおむつは、「横もれガード」みたいな高機能にはなっていないようで…。

ほかにも、おむつネタでは、あまりに足をバタバタさせるので、おむつがいつの間にかローライズになりすぎていて、漏れてます(;д;)。赤ちゃんは洗濯が多くて当然なんだけど、これっていったい…と思ってしまいます。

首もかなりしっかりしていて、自分で左右にブンブン振るだけでなく、よいしょ、と持ち上げてみたりしています。さすがに、首が座った、まではいきませんが

Dsc00204

Dsc00214

生後2週間で、おっぱいを飲むのもだいぶ上手になり、ちょっとふっくらし、目も開けるようになって、だいぶ感じも変わってきました。「はるくんとうり二つ~」って思っていたけれど、お兄ちゃんとはちょっと違う「りょうくんっぽいところ」も出てきたりしています。

ゆびしゃぶりは、生まれた翌日からしてました。器用に親指だけをチュウチュウやっていることもあります。お腹の中でもやっていたんでしょうね。

これからもあっという間に成長して、新生児の面影なんて、なくなっていくのでしょう。今後、自宅に戻ったら余裕のない生活になりますが、かわいさ、成長を堪能できるような心の余裕を持っていたいな、と思います(いやぁー、難しそう(;´▽`A``

| | コメント (6) | トラックバック (0)

«はじめまして。りょうです