2009年10月14日

訃報

 はるくんが病気と闘っていた頃から、もう2年以上が過ぎました。それでも、「うちの子も同じ病気と闘っています。はるくんのblogを見て、勇気をもらっています」というメールを頻繁に頂きます。

 はるくんが闘病中、「神経芽腫から生還して元気に暮らしているお子さんのblogはどこかにないか?」と一生懸命探していました。
 当時は、今ほどblogを書いていらっしゃる方もいなかったように思いますし、やはり天使ちゃんになってしまったお話しが圧倒的に多かったのです。病気が分かったばかりの頃は、怖くて怖くて、読むことが出来ませんでした。

 なので、元気な姿をみなさんにお伝えしていくことは、私たちの願いであると共に、ある種の使命だと思っています。

 だからと言う訳ではないのでしょうが、このblogの内容も楽しかったイベントや明るい話題ばかりでした。

 今日まで、書くべきかどうかとても悩んでいたのですが、どうにも気持ちの整理がつかず、アップさせていただきます。


 神経芽腫と闘ってきたお子さんが「亡くなった」というお知らせを、立て続けに二つ、頂きました。

 このblogにもコメントをたくさん寄せて下さった、「らぶ」さんのお嬢さん、ももちゃん。

 そして、もう一人、3歳の男の子、Iくん。

 お二人とも再発でした。

 小さいからだで精一杯病気と闘って、ベッドの上の毎日でも楽しいことを少しでも見つけて笑顔を振りまいて…。子ども達は、治療の段階で逃げ出したり、「もうすっかり気分が良いので、大丈夫です」なんて嘘も付かず、何の疑いもなく治療に挑んでいきます。
 その頑張りを、なぜ神様は認めてくれないのか。乗り越えられない試練は与えないのではなかったのか…。本当にやりきれません。

 あまりにも理不尽な小児がんという病気に対し、悔しさと、酷く怒りを覚えます。

 そして、同じ病気と闘ってきた子供に寄り添っていた者として、自分に何が出来るのか、と考えても、何も出来やしない、という無力感に呵まれます。

 マクドナルドハウスなどに寄付したり、自分のPCを神経芽腫新薬開発の基礎研究に役立てたり…。出来ることってそんなレベルなのです。

 せめて、家族全員元気であり続けること、その姿を発信していくこと、なのでしょうか…。

 それが少しでも、闘っていくパワーとしてみなさんの元へ届くのなら、少しだけ気持ちがラクになります。

 

 闘い続けたももちゃん、Iくん、ご冥福を心からお祈り致します。頑張り抜いてくれてありがとう。お二人から、毎日朝が来ることに感謝しなくては、と気付かされました。そして、懸命に頑張っている姿に、こんなことで弱音を吐いちゃいけない、と渇をもらいました。

 ご家族の皆様、最愛のお子様の最期を受け止める心の強さ、感服いたします。難しいこととは思いますが、どうかお体、お心、休めて下さい…。

 

 

 

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2009年2月13日

病気の子供ために親がしてあげられること

病気の子供のために親がしてあげられることってなんでしょうか。

もっと言うと、病気の子を持つ親の仕事ってなんでしょうか。

「治ると信じる心を持って看病にあたること」って思ってました。メインケアギバーのチカラです。

それプラス。今日気付いたことがありました。

それは「子供が納得して治療に立ち向かえるように、説明・説得すること」なのではないでしょうか。

なぜ、治療が終わってのんびり過ごしている今、そんなことに改めて気付いたかというと、ハードな治療を開始することになりそうだったからです。

念のため。再発した訳ではありませんのでご安心を。

晩期障害の経過観察中に、X脚の矯正治療を提案されました。

装具で両足を、股の付け根からつま先までがっちり固定し、膝を曲げない生活を続けます。眠るときも装具ははずしません。入浴中以外、24時間装着し続けます。期間は半年以上。終わりはわかりません。

あまりに突然の出来事に気は動転し、いったんは「お願いします」と返事をし、装具の型どりまで行いました。

でも、はるくんに「なぜ、その治療が今必要なのか」を説明できない自分が居ることに気付きました。

「今」の部分を語ることが出来ないのです。要は、私自身が納得できないんです。

こどもって、かなり幼い頃から、納得して前へ進むことが出来るんだ、と思っています。

はるくん自身にも、治療中は時間をかけていろいろなことを説明し、納得してもらって前に進んできました。

もちろん、相手は子供ですから、押さえつけて、拘束して、無理矢理治療を行うことは可能です。でも、それは良い結果を生まない気がします。

「納得」を勝ち取るのは、親の根気ある説明なんじゃないかと思っています。熱意と根気を一番持ち合わせているのが親であり、それが親の仕事なのではないかと思います。

そんなこともあり、今回の治療は延期してもらいました。この方法がベストだという確信も持てないし、信じることも出来ないのです。

先の見えない晩期障害との闘い。視野を広げ、いろんな意見を伺いながら、信じてついていける先生・治療方法との出会いを模索したいと思っています。

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2008年12月13日

なんだかなぁ…(。´_`。)

昨日、ボーネルンドがやっている、インドアプレイグラウンド、キドキドへ行ってきました。いつか連れて行きたいなぁ、と思いつつもなかなか叶わず、初体験だったんだけれど、最高に楽しそうでした。

Wheel1 ←は、サイバーホイールっていう遊具ですが、中に入ってハイハイすると進みます。

キャーキャー言いながら遊んでました。すっごくたのしそう。

他にも、とてもよく考えられた、全身を使って遊べる遊具がたくさんあって、運動能力的にまだまだ未発達なはるくんにとっては、すごく良いところだなぁ、と感じました。

自宅から車で2,30分のところにも新しくopenしたので、リピーターになろう!って思ったんですけど…。

ウィルス性胃腸炎になりました。しかも、ここでもらったっぽい…

夜中に「ママー、お茶ぁ」と目を覚まし、コップ1杯一気飲み。「おかわり…」とつぶやいて何事もなかったように眠った直後…。

身をよじり、ううううぅ とうめいた後、嘔吐。夕ご飯のものがほとんど消化されずに全部出てきました。

ををを、久々だー。そして、真夜中のシーツ交換。。。

お茶が冷たかったからだよぉぉ とご立腹のはるくん。すみません。冷蔵庫から出してそのまま飲ませてしまいました。もう、冬だったっけ。

朝になり…。起きません。時折「お腹痛いよー」と元気ない様子で訴えます。

眠るときに履かせているおむつにちょっぴり水様便が。おならも異常に臭い。熱はまだ出ていないけれど、身体の中にこもっているような感じ。

吐いたものも未消化だし、これは嘔吐下痢?「2階のソファでごろんする?テレビ見る?」と誘っても「お腹痛いからベッドで寝てる」と言い、身体を起こそうともせず…。

ママぁ、そばにいてぇ ママじゃないとダメなのぉ と、具合が超悪いときにだけ発する言葉。 ちょっと2階で用事を済ませていたら「もー、ママァ、1時間も経ってるよぉぉぉ」と。実際は15分程度でしたが(笑)

温めたり、いろんなことしたけど、「痛いから病院いきたいよぉぉ」と訴えるので、混雑覚悟でかかりつけの幼稚園近くの小児科医へ。

2時間待ちました。

「典型的なウィルス性胃腸炎ですね」

あぁ、やはり。ウィルスの種類にもよるけれど、潜伏期間が長いわけではないので、ウィルスもらったのはその日の日中だろう、と。

あぁ、あそこだぁぁぁ・・・ キドキドだぁ・・・

実は、生まれて初めての嘔吐下痢症になったとき、その前日くらいに、オープンしたてのショッピングモールの「キッズスペース」で遊ばせたんですよね。やはり、こちらも生後初。

これはいいわぁ、楽しそう、また来なくちゃ~

なんて思ったのを覚えてますが、その時と状況が酷似。

室内って換気も不十分だし、いろんなものもらってきやすいんですね(ノ_・。)

冬休みに入ったら、お友達を誘ってキドキドへ遊びに行こう、と心に決めていたけれど、二の足踏んでしまいます。すごい楽しかっただけに、なんだかなぁという感じ。

ところで、はるくんの病状ですが、発熱もなく、夕方には「お腹空いた~」と訴えるようになりました。

来るかな?来るかな?と恐れをなしていた水様便も、やってこず、トイレで普通の便をしてくれまして。

今日は絶食かな、と思っていたけれど、素うどん作ってあげました。完食。

思ったよりも早かった我が子の回復力にほっと胸をなで下ろし…。

月曜日は幼稚園に行けるかな。

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2008年1月 7日

お正月その後

松の内も明けようとしております。みなさまお正月はいかがでしたか?東京は穏やかな良いお天気が続いて、窓の外の青い空がとても気持ちよく感じられました。

が、我が家は元日からバタバタ。

大晦日にすっかり元気になったと思われたはるくんですが、元日、いきなりぐったり。

ママじゃなきゃだめなんだー」と力無く泣く姿は、病気発覚の時のイヤな雰囲気と重なり、だんだんと気が重くなっていくチチとハハ(私たち夫婦のことですが)。

昼前から「眠い眠い」と、前日12時間以上睡眠を取っていたにもかかわらずぐったりし始め、時折白目を剥いたりして、意識がちょっと飛んでいるっぽいことがあったりして。2時頃病院に電話し、念のため救急外来へ、との指示があり、向かった次第です。

救急外来は混んでいるかしら、と思ったけれど、空いていて、入院中に病棟でお世話になっていた主治医の先生が病棟から降りてきてくれて、診察。

結局、ウィルス性の胃腸炎であることには間違いないらしく、食べられない、水分ほとんど取らない、ということで点滴をし、血液検査の結果、肝機能が著しく悪くなっていることがわかりました。

点滴で元気になってきて、「お腹空いたー。ハンバーガーばいたい(食べたい)!!!」を看護婦さんに激しく訴えたので、「少しずつ食べて良し」の許可をもらい、点滴打ちながらパンを食べさせました。(さすがにいきなりマクドナルドはあり得ないですよ、はるくん・苦笑)

戻す気配もなく元気だったので、「帰宅して良し」となり、夜8時頃家に着きました。

去年に引き続き、今年も元日病院に行ってしまいました。(去年は年末年始の一時帰宅中、CV(中心静脈カテーテル)にヘパリンを流すために(管の中が詰まってしまわないように、ヘパリンという物質を注入するのです)元日一旦病室に戻ったのでした)

でも、年末最後の外来で採取したおしっこによる腫瘍マーカーの結果(検査に1週間近くかかる)を教えてもらうことが出来ました。

お陰様で低め安定。

それを聞かせてもらえて、一安心。ぐったりは再発とは無関係だった、と。親の私たちにとっては良いお年玉でした。

はるくんはその後も食欲不振がずーっと続き…。

「うどんばいたいから(食べたいから)作って」→いっさい手を付けず というのばかりでした。

しかし、5日頃から本格的に復活。

今はすっかり元気マンです。ご心配をおかけしました。

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2006年9月 8日

やっぱり喉が弱いのだ

高熱が退いた後のお約束で、耳に異常が出ていないか耳鼻科へ連れて行きました。

「耳は大丈夫ですよ。でも、喉が真っ赤ですね。膿が付いています。アデノウィルスかなぁ。検査してみましょう」

膿? アデノ?

喉に膿が付いている と言われるのは3度目くらいでしょうか。風邪をひいて鼻水がダラダラ出始めると、いつも耳鼻科へ連れて行くのですが、この言葉、頻繁に先生から聞かされます。

チチ(だんなさま)も喉がウイークポイントで、あまりに腫れすぎて入院したこともあるくらい。

息子のはるくんも似ちゃったんでしょうか。

で。アデノウィルスの検査の結果が出るのに時間がかかるので、この日は結果を聞かずに帰宅しました。

もう絶対に突発であるはずもなく、翌日慈恵青戸病院の主治医の先生の下へ連れて行きました。

「あー、お母さん、これは絶対に突発じゃないですね。喉も膿が付いているし、アデノウィルスの検査をしましょう」

・・・今日もやるのか。「昨日の検査の結果を耳鼻科に聞くことは出来ませんか?それじゃ、済まされませんか?」と喉まで出かかったけど、小心者なので飲み込んじゃいました。

待つこと40分。

結果は「シロ」。なにかのばい菌が喉に付いたのだろう、と。

抗生物質を強めのモノに切り替えて様子を見ることに。

「ばい菌ということは、防ぎようがあったのでしょうか?主人も喉が弱いのですが、これは体質でしょうか?」と尋ねると、

はるくんは決して病弱な子じゃありません。むしろ、健康な部類です。
1歳から3歳くらいまでは、どのお子さんも熱を出します。いろんな病気にかかります。
その経験によって、体にいろんな抗体がついて免疫力も高まっていくのです。
山奥で他との接触を断ち、ひっそり暮らせば病気にはなりにくいですが、
そういう場合は大人になってからありとあらゆる病気になりますよ。

と説明して下さいまして。

これはとても勇気が出ました。

以前かかりつけ医だった近所の小児科では(ものすごく評判が良いのだけれど)、独自の子育て論(すごいスパルタ)を展開し、押しつけ、辟易としていたのだけれど、今の先生は「大丈夫です、みんな同じです。自信を持って」と、気持ちをラクしてくれます。

子供の病気って親も一緒に戦わねばならなくて、小児科の場合は「患者の立場に立った医療」というのは「親の立場に立った医療」であるべきなんだ、と感じたのでした。

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2006年9月 4日

熱は下がったものの

主治医の先生が

72時間で熱が下がります。下がらなければほかの病気である可能性が高い」

と断言したとおり、発熱後72時間で36℃台後半に下がりました。眠っていてピクっとなるたびに「けいれんか???」とドキドキしましたが、特にそのようなこともなく、一安心です。

ふぅぅぅ。これで、発疹がパーっと出てくれれば、めでたく「突発性発疹でした」となるのですが。

今のところ、出ません。

うー、今回の熱の原因は何だったんだ?やきもきしてしまいます。

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2006年9月 2日

今度は何???

9月1日。

予定通り行けば、この日は保育園通常保育の初日のはずでした。

しかしながらはるくん発熱。

8:30の時点で37.8℃。

保育園に電話を入れ、発熱によりお休みする旨連絡

その後、熱はぐんぐん上昇。お昼前には39.8℃に。

いつけいれんを起こすかとヒヤヒヤで、ずっと添い寝(まぁ、横になっていると眠くなって寝ちゃうんだけど)して過ごしました。

機嫌も良いし、ご飯も食べるし、水分も取れるし、で、「明らかにおかしい発熱」ではなかったので、この日は病院に行かずに自宅で様子を見ることに。

もちろん、不安ではあったので、先週まで入院していた慈恵医大青戸病院の小児科病棟に電話をして相談した結果、なのですが。

明けて、9月2日。

退院後初めての外来。発熱は治らず、熱は乱高下し、39℃のあたりをウロウロ。その原因はなんなのか、現在飲んでいるデパケンの量でけいれんを抑制できるのか、気になる点は多数ありました。

結果的に。こんなにすばらしいお医者さんに出会ったのは生まれて初めて(救急と病棟でしか診てもらったことがなかったので、外来は初めてだった)、というほどの感動を覚えるほど懇切丁寧で、親しみある診察でした。

大病院の3分診療、なんて、全く当てはまらず、こちらの話をじっくり聞いてくれて、「はるくん、こんなにすばらしい先生が主治医になってくれるなんて、キミはラッキーだよ」と両親そろって興奮したくらい。

ま、それはさておき。

突発ですね、たぶん

とのこと。チチとハハは膝ががっくりして、笑いがこぼれそうになるほどでした。

HHV-6、HHV-7(双方とも突発性発疹を引き起こすウィルス)が原因で一連のけいれんを起こしたのではないか、と入院後10日間程度、キリキリしながら検査結果を待っていたのですから。

当時、双方のウィルスは白。突発にはこれまでかかったことがない、という結果が出たのでした。

それが。

退院して1週間で、突発???

もちろん、熱が下がって特有の発疹が出るまでは断定できませんが。先生の経験上、「突発である可能性が非常に高い」症状なのだとか。

けいれんを起こすことなく、熱が下がっていつものはるくんに戻ってくれたら、と祈るばかりの私たちです。

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2006年8月26日

入院中に感じたこと

子供が入院する場合、個室という選択肢はあまりありません。

たいてい大部屋です。

はるくんは、最初ナースステーションの隣のICUもどきのような場所で集中管理されていましたが、落ち着いてからはずっと2人部屋でした。

最後の1週間ほどは、6人部屋で、幼い子供達(たぶん就学前という線引き)は男女同室です。

入院が初めての母子分離というケースがとても多くて、ずーっと泣いている子なんてたくさんいました。

夜は、7時に消灯で8時に面会時間終了なので、母達はその1時間で子供を寝かしつけてから帰宅しないと気が気ではありません。

しかも、寝かしつけの手法は非常に限られているので、難易度は増します。

私も最初は失敗して、看護婦さんにすべてを託してそーっと病室を後にしたりしました。

はるくん入院生活の最後の夜、事件(大げさだけど)が起きました。

その日は、新規入院のお友達が3人もやってきました。具合は悪いし、不安だし、部屋は鳴き声がこだまし、ピリピリした空気が流れていました。

ニューフェイスの3歳くらいの男の子は、半泣きしながらママに無理なお願いをずっとしつづけてました。お部屋のみんなは7時半を過ぎても眠れなくて、雰囲気は悪くなるばかり。

と、そこへ、「あら~、大丈夫??心配したのよ~」と彼のおじいちゃんおばあちゃんが登場したのです。

7時半とはいえ、消灯してます。

でも、孫が心配なあまり、全くお構いなし。惜しみない心配の言葉をかけ続け(ヒソヒソ声になるはずもありません)、8時前に帰っていきました。

甘えん坊の男の子は涙ながらにママに無理難題を訴え続け、眠りかけた別の女の子は目を覚まして泣き始め、つかまり立ちをし始めた赤ちゃんの患者さんは動物園の檻の中の動物のようにベッドの柵をガタガタ揺らしてヒートアップ。

あぁ、最悪。

全員が「ナースステーション送り」となりました。

興奮を抑えるためにナースステーションで看護婦さん達に遊んでもらうのです。

私もはるくんをお気に入りの毛布と共に看護婦さんに預けて、「泣かずに眠れますように」と祈るような気持ちで帰宅しました。

小児病棟での面会はとても難しい。

入院中一番感じたのはそのことでした。

心配ですぐに駆けつけたい気持ちはとてもよくわかるけれども、その行動が本人や周囲に与える影響ってものすごく大きいのだ、というのは、四六時中病院に詰めている親以外にはなかなかわかることではないと思います。

お見舞いは、滞在時間とタイミングをきっちり打ち合わせた上で、というのが不可欠で、2時間かけてやってきた、なんていう距離感の人には、たとえおじいちゃんおばあちゃんでも退院後ゆっくり顔を見に来てもらう方が、入院している本人のためだろうと思いました。

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無事退院しました

無熱性けいれんで入院したお話です。一つ前の記事はこちら

ご心配をおかけしましたが、23日(水)に無事正式退院しました。気にかけて下さったみなさま、本当にありがとうございました。

退院した日、「みんなでうあんばいたい(訳:みんなでご飯を食べたい)」とリクエストがあり、チチチチさんとチチ(だんなさまのお父さんとだんなさま)の帰りを待って、みんなで夕食を囲みました。

チチチチさん達が車で帰ってくると(同じ会社の社長と副社長なので、そういうことがままあります)、待ちかねたはるくんが駆け寄っていきました。

ふたりから「お帰り~」「おめでとう、よかったね~」と声をかけられると、今まで押さえていたものがあふれ出たようで、相当涙をこらえた後で大泣きしてました。

幼いなりにいろんなことと戦っていたんだなぁ、と、見ている私たちもこみ上げてくるものがありました。

ところで。

22日に行ったSPECTという検査(脳の血流の状態を見る)の結果は、「やはり・・・」というような内容でした。

MRIの拡散強調画像での所見のとおり、脳のむくんでいる部分は血流が悪くなっているとのことでした。

成長段階にあることもあり、自然と改善していくだろうとのことで、血流を良くする薬を飲む(乳幼児に対する安全性は確立されていない)等は行わず、経過観察していくことになりました。

親が見る限り、ものの距離感がつかみにくくなっているようには感じます。

たとえば。自分用の椅子に座るとき、今までなら難なく座れたのに、今はおしりを上手に座面に載せることが出来ません。ちょっと手を添えて場所を教えてあげないと、どうしよう、どうしよう、と少しとまどってしまいます。

階段の上り下り(特に下り)は以前より相当下手になりました。

エスカレーターも手をつないでいれば自分で上ったり下りたり出来たのですが、今は無理です。

でも、だんだん慣れてはきているようです。

退院したその日から、デパケン という抗けいれん剤を飲ませ始めました。

これは2年間継続してきっちり飲ませなければなりません。血中濃度を一定に保たないと悪影響が出てしまうので、かなり神経使います。

シロップで処方してもらったのですが、粘性も高くて、しかも計量カップで2mlを毎回計らなければならないので、理系出身の私でも(はかりできっちり重さを量ったりして調理するのが好き、というか、得意)神経使います。

1滴で0.5ml程度の違いが出てしまうので。

駒込ピペットの購入を本気で考えています。

病院では、いつでもお腹が空いていたようで、ごはんとおやつを毎回心待ちにしていました。

毎回残さずおかずを食べて、「もっとばいたい(訳:もっと食べたい)」と言われると辛かったのですが、帰宅後も飢餓状態が続いているらしく、恐ろしいほど食べます。

高熱時にみるみるやせていったからだも、かなりプクプクしてきて、ちょっと心配になってきました。

今では元気にプールで遊んでいます。

Pool1 思えば、8月は5日に発熱し、翌日夕方に高熱のためけいれんを起こし・・・

足下のふらつきや、反応の鈍さ(家族写真を見せても無反応だったり、人の名前が出てこなかったり)が続き、明らかにおかしい、と不安な日々を過ごし、その後無熱性けいれんを群発。

入院中にはるくんのひいおばあちゃんが亡くなり、私たち夫婦は喪主&喪主夫人としてバタバタ過ごし・・・

激動の8月でした。

のんびり過ごす間もなく、はるくんは9月から保育園に入園が決まりました。

このお話は、また別途・・・

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2006年8月19日

2歳のお誕生日は外泊

無熱性けいれんで入院したお話です。一つ前の記事はこちら

今日で入院10日目。今日から2泊3日で外泊し、自宅に帰ってきます!

先日、主治医の先生から原因や今後の方針等について詳しく説明を受けました。

  • 脳波は、詳しく解析した結果も異常なし
  • MRIは拡散強調画像によると、脳に「むくみ」が見られる
  • この「むくみ」は今後消える可能性が高いが継続して観察していく
  • 脳の血流を調べるためSPECT検査を行う
  • ウィルス性(未だ特定できず)の脳症であった可能性が高い
  • 最初の熱性けいれんの後の歩行困難等は、それが原因であると考えるのが妥当
  • 今後のけいれんへの対処の仕方は(1)発熱時のダイアップ投与、(2)抗けいれん剤の予防的投与(1日2回2年間継続) の二者択一
  • てんかんではない

というのが主な内容です。

SPECT検査が22日で、点滴を行う必要があり、21日に病院へ戻って23日に正式退院という運びになりました。

今のはるくんは、至って元気です。

もうすぐ外泊のため迎えに行きます。

昨日、「明日はおうちでママのご飯が食べれるよ」と言ったら、

「ママうあん、ばいるの?やったー!」(訳:ママのご飯食べるの?やったー)と両手でガッツポーズをしてくれました。

かわいいやつめ。

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2006年8月18日

おおばばちゃんが全部持って行ってくれた

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8月14日。入院5日目のことでした。

はるくんの99歳の大おばあちゃん(はるくんは「おおばばちゃん」と呼んでいた)が亡くなりました。

前日から眠ったようにこちらの呼びかけに反応しなくなり、「あまり長くないかも知れない」と思っていた矢先の(でも、今日明日、ってことないよね、と誰しも思っていた)突然の訃報でした。

「おおばばちゃん」は はるゑさん、と言います。

「はる」と名前を付けたのも、世継ぎでもあるし、「おおばばちゃん」の長寿にあやかって、というのも理由の一つでした。

「おおばばちゃん」は、我が家の隣のチチチチ家に住んでいたので(チチハハさんがずっとお世話をしていた)、妊娠中から「暑いのに赤ちゃんを産んでくれてありがたいわねぇ」とたくさん気遣っていただき、生まれてからは、はるくんに会うのをいつも楽しみにしてくれていました。

目を細めて「いいこちゃんねぇ。」と手を握るのが「お約束」でした。

偶然にもはるくんの病室からは、「おおばばちゃん」が3ヶ月ほど前からお世話になっている老健施設のお部屋が見え(歩いて3分ほど)、双方の様子を見に行くのは苦もないことで、「偶然ってすごいね」とみんなで話しておりました。

最期はすぅっとろうそくの火が消えるように天に召されたそうです。はるくんの悪いところを全部背負って持って行ってくれたのだろうと私は確信しました。「ありがとうございました」という感謝の言葉しか出てきませんでした。

名前だけでなく、本当に多くのものを与えて下さったと思います。

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そんなこともあり、めまぐるしく過ぎていったここ数日ですが、はるくんの退院の日が決まりました。

詳細は、別の機会に。

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2006年8月13日

入院4日目 点滴が減りました

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8月13日。今日で入院4日目。日曜日なので、先生もお休みでした。

これまで、右手と右足の両方に点滴が付いていましたが、昨日右手がはずれて自由になりました。今日はまだ右足にラインが残されていましたが、これまで常時つながっていたヴィーン3Gという水分補給の点滴ははずされていました。

1日3回、抗生剤の点滴をするだけになり、「あぁ、良くなっているなぁ」と感じます。

絵本を読んだり、パズルをしたり、パワーショベルのおもちゃで遊んだり、面会時間中昼寝もせず楽しく過ごせました。おしゃべりもいつものはるくんに完全に戻っているように思います。

そんなわけで、今日は添い寝をして19:30過ぎに眠ってくれました!

昨晩は案の定、なかなか眠れなくて、「ママ~」って泣いていたそうなので、寝顔を見てから帰れるっていうのは、本当に安心します。

明日はMRIと脳波の解析や、抗体検査の結果やら、いろいろと進展がありそうです。

私たちも『小児内科』というお医者さん向けの専門誌の「けいれん特集」を購入し、たくさん勉強しました。

しっかりお話聞いてこようと思います。

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入院3日目 脳波検査をしました

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3時に病室に行くと、脳波検査を終えたはるくんがストレッチャーからベッドに移されているところでした。

エスクレという坐薬で眠っている間に検査をしたので、まだグーグー寝てました。

予定していたMRIの検査は「いくら薬で眠っているとはいえ、連続して二つの検査は負担が大きい」ということで月曜日に延期。

  • リドカインを切ってから24時間以上経過したが、けいれんは一度も起きていない。一連のけいれんのサイクルは切れた(とても大切)。
  • 脳波の解析は月曜
  • ウィルスの抗体検査(けっこう時間がかかる)の結果、はしか、おたふく が 原因ではないことは確定。
  • 突発性発疹(これが一番可能性が高い)、ヘルペスの抗体検査の結果は月曜。
  • 脳症の可能性はない

というのが先生のお話の概要でした。

結局はるくんが起きたのは5時。

枕元に置いといてあげたミニクーパーのミニカーが最初に目に飛び込んだようで、目覚めの一言は「ミニクーパー」でした。

はるくん、ママだよ~ っていうまで、ハハの存在に気は気付いてくれませんでした(^_^;)

昨日とはうってかわって、今日はご機嫌で。

「いたい」と寝てしまうこともなく、たくさんおしゃべりして、ご飯が運ばれてくるずいぶん前から「うあん(訳:ごはん)」「お椅子に座る」とやる気満々。

30分前におやつを食べたというのに、お食事も完食。

「たくさん食べてるから点滴ひとつはずせるかもね」

と先生も言って下さって、ホっとした次第です。

今は検査結果待ち&経過観察の時期。

子供の病気って、経過観察が重要なんだなぁ、と今回のことでつくづく感じました。

ところで。面会時間終了の8時になっても(消灯はなんと7時!)まったく眠る気配のないはるくん。(5時まで寝ていれば当然なんだけれど)

看護婦さんから「そっといなくなって下さい」との指示があったので、「おむつ捨ててくるね」と言ったまま帰ってきてしまいました。

たぶん「はるくんママ、はるくんママ、おいで!!!」と怒ったように呼びつけているんだろうな、と思いつつ・・・

入院した夜は、はるくんのお部屋が空っぽなのが耐えられず、はるくんの毛布を抱えて涙したりしましたが、今は慣れてきました。

はるくんがいたらなかなか出来ないことを今のうちに片づけてしまおうと思ってます。

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2006年8月12日

入院2日目 ちゃんとお話しできた

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昨日、面会開始の3時に行くとはるくんはベッドの上に座って看護婦さんにおやつを食べさせてもらってました。

「ママ来たねぇ」と指差呼称。「おかえりぃ」と歓迎してくれましたが、保育園に迎えに行ったときの比ではありません。テンション低い。

看護婦さんから替わっておやつを食べさせていると、二口ほどで「おちまい」「ねんね」としんどそうに寝てしまいました。

そしてぐずる・・・

「ねんねぇぇぇ」「・・・いたい・・・」

どこが痛いのか聞いても辛そうにしているだけで。

タオルケットを掛けてトントンしていると、30分ほどでまた元気になってきました。

carsのシール絵本を買ってきてあげたので、一緒にシールを貼ったりとか、いろんなお話がちゃんとできるようになってました

ふー、一安心。

そしてまた、突然「ねんねぇぇぇ」と辛そうにベッドに倒れ込みます。本当に辛そう。そして、スィッチが入ったみたいに本当に突然。

しばらくすると元気に復活。

夜ご飯も「おいしいねぇ」「おさかな」「牛乳」「にんじん」とか、おしゃべりしながらパクパク食べていたのですが、突然「おちまい。ねんねぇ」→バタリ。

看護婦さんに聞くと、入院初日に髄液の検査をしたのでその影響だろう、と。

脳(と脊髄)は髄液(脳脊髄液)の中にプカプカ浮かんでいるような状態なのですが、その髄液を腰の辺りから針を刺して取ったので、髄液が減少して脳圧が下がるのだそうです。

いわゆる「低髄液圧症候群」ってやつです。

今、調べてみたら、元来特徴的な症状としてあげられているものに、

  • 起立時の頭痛 (立位後15分以内に頭痛が出現もしくは増悪、臥位にて15分以内に軽快する。)

とあります。

なんだ、座らせたり立たせたりしたら痛くて当たり前なんだ。

であれば、その旨教えてくれたら良かったのに・・・ ちっっ ヽ( )`ε´( )ノブーブー!!

今日は、なるべく一緒に横になって遊んであげることにします。

ところで今日(入院3日目)は、MRIと脳波の検査です。

両方とも動いてしまうと検査にならないので坐薬で眠らせて一気に調べてしまうのだとか。

MRIの、あの大きな「ずんちゃっっ ずんちゃっっ」って音で起きちゃうんじゃないかなぁ。

目が覚めて周りを見回したらやたらと狭い筒の中にひとりぼっち で、さぞかし心細いだろうなぁ、と思うと、かわいそうです。

どうか最後まで目覚めませんように。

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2006年8月11日

入院2日目 病院から電話

病院の面会時間は15~20時と厳しく決められていて母親であっても守らなければなりません。

なので、家にいたところ、お昼過ぎに主治医の先生から電話。

ドキドキしましたが、開口一番「ビックリしないで下さいね、良いお知らせです」と。

かいつまんでご報告すると

  • リドカインが効いている。今朝ストップしたが、その後けいれんはナシ
  • 一連のけいれんのサイクルは止まったと思われる
  • お昼はうどんを食べた
  • 看護婦さんともしっかり会話している
  • 足下はふらつくが、薬のせいもあるので経過観察
  • 血液検査の結果も異常なし
  • 一般病室へ移動した
  • 今後も24時間程度状態をしっかり観察する必要がある

とのことでした。

原因の特定はウィルスの抗体検査、MRIや脳波測定の結果を待たねばなりませんが、週明けにはそれらのデータが出そろうので、今よりはいろいろわかると思います。

ご心配下さった方々(特に、電話中に『病院から電話かかってきたから切るね』と言ったままだったhoney-beeさん)、少し安心して下さい。

また追ってご報告致します。

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昨日の出来事

はるくん緊急入院の続きです。

慈恵医大青戸病院の救急に連れていった後も、診察中にけいれんを起こしまして。

熱の出ていない状態、「無熱性けいれん」を頻発したので入院することになったのですが、主治医となってくれたのが日曜日に救急で見て下さった先生。

とても丁寧に説明して下さり、こちらの話もよく聞いて下さった方なので、「あぁ、私たちは本当についている」と心から思いました。

救急部で起こしたけいれんの時に、けいれん止めの「ダイアップ」を入れたのに病棟へ移動してからもけいれんを2度起こし・・・

リドカインという薬を、時間を掛けて(24時間くらい)足から点滴することにしました。

と、ここまで昨日の話を書いたところで病院からtel。

詳細は後ほど追記します。

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2006年8月10日

入院してしまった

今朝起きて、数分後、熱もないのにけいれんを起こしました。

慈恵医大の救急に連れていったら、入院することに。

とりあえず、髄膜炎ではないようです。

1~2週間とのこと。いろいろ検査をするようです。

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熱は下がったものの

熱性けいれんを起こしたときのお話です。この前のトピックはこちら。

翌火曜日。朝5:30に目を覚まし「アイス」というので、小児科から処方された薬をアイスに混ぜて与薬完了。相変わらず熱は39度台前半。

すぐに寝てしまい、次に反応したときは大量の軟便をしてくれてました(^_^;)

またまた寝てしまい、次に目覚めたときは「うあん(訳:ごはん)」。食欲出てきたのかな。梅干しと共に子供用茶碗軽く1杯おかゆをたべました(というか、横になっているはるくんの口の中に運んだ、ってかんじ)。

あとは、とにかく異様なほどに眠っていて。でも、午後にはたっぷり汗をかき熱はみるみる下がってきました。

夕方起きたときには36.8度に。おぉぉ、やった!36度台。

だけと、自力で立ち上がることすら出来ません。お座りも支えていないとフラフラ。

相変わらず言葉は出ないし、どう考えても変。

普段なら38度台後半でも遊びたがって動き回っているのに(子供ってすごいよね)、腰が抜けちゃったの?と言う感じ。

「翌日も同じ症状なら来て下さい」と昨日小児科で言われていたので夕方連れていくと、先生も首をかしげるばかり。

所見と症状が全く合致しない

とのことで(^_^;) いや、それって、所見が間違っているんでしょ?と言いたかったけど、はぁ、と頷く以外出来ないハハ(私)。

結局、血液検査をして発熱の原因が単なる夏風邪なのかどうか再度検証し、抗生物質の投与の必要性がないのなら薬を一切止めて様子を見る、ということに。

予防接種の比ではない長い時間針を刺されたはるくんは、それで覚醒したのか(笑)、おしゃべりが戻ってきました。

そして、検査の結果、ウィルス性の発熱だったとしても、すでに治っているとのことで薬中止決定。

「テルギンが効き過ぎちゃったのかなぁ。フラフラする人もいますからね。薬止めて抜けるのを待ちましょう。で、明日の朝また来て」

と、先生。う~ん。この説明は納得できないでしょ?とめちゃめちゃ懐疑的な私。

初めて飲んだ訳じゃないし、とってもスタンダードな薬だし。この薬のせいで歩行困難起こすようじゃ、もっと問題になるんじゃあないの???

不安な夜は続きます。

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ダイアップの副作用?

熱性けいれんを起こしたときのお話です。この前のトピックはこちら。

月曜日は朝一番でかかりつけの小児科医に診てもらいました。のども赤いし、夏風邪でしょう、ということで薬を処方されておしまい。

熱性けいれんについても「青戸の病院でも言われたと思いますが、その指示に従って下さい」とのことで。特に心配することもないようです。

熱性けいれんを起こすと、抗けいれん薬、ジアゼパム(一般的にはダイアップ坐薬)を処方されることが多いようです。

これは、2度目のけいれんを予防するためなのですが、38度以上の熱が続く場合は、1度目の薬を挿入してから8時間後に再び挿入します。

今回、慈恵医大青戸病院で1度目を入れてもらったのが17:30。8時間後は夜中の1:30。目覚ましを一応セットしたのですが、自然と目が覚めて、予定通りに挿入完了。

夜中に何度か起きたものの(その間熱は全く下がらず、40度台をキープ)、朝小児科から帰った後、ぐっすり眠り、14:30に目を覚ましたら37度台後半まで熱が下がってました。

「あっち行きたい」というので、抱っこでリビングに連れてくると、一人でカートゥーンチャンネルの「長靴下のピッピ」を見てました。ストーリーはわからないんだろうけど「ちゅっちゅっぽっぽだねぇ(訳:機関車ですね)」とか、「誰のおうち?」とか一生懸命話しかけてました。

お昼ご飯の鮭きのこ卵雑炊を少し食べたところで、チチハハさんがはるくんの大好物のおせんべいを持って様子を見に来てくれました。

「遊ぼう」と手を引いてプレイルームへ行こうとするのですが、フラフラして歩けない。

尻餅付いたり、壁にぶつかったり。

そのうちすごいかんしゃくを起こして、おせんべいを持った手で、いろんなものをたたこうとしたり。普段見せるかんしゃくとは比になりません。

そうかと思うと、ぼーっとテレビを見たり。

でも、目の焦点が合ってなくて。

言葉も上手く出ずに「キー、ヤー、アー」と騒ぎ、興奮状態がひどくて。

おかしいな、と思って、病院でもらった注意書きを読むと、確かに副作用として

  • 一過性に過度のふらつき
  • 興奮
  • ぼーっとする

などと書いてありました。

しかし、これって、一過性なの?ほんとに消えるの?っていうくらい、ひどい。

しばらくすれば収まるかと思っても、その気配すらないのでだんだんに心配になって、夕方、朝行った病院へ再び。

薬の性質を鑑みると、お酒飲んで酔っぱらっている状態と一緒だとのこと。お酒に弱い体質(=この場合はダイアップに弱い体質)だとすぐにへろへろになるし、症状の出方も、すぐ寝ちゃうとか、ハイテンションになってしゃべりまくるとか、千鳥足になってしまうとか、いろいろあるでしょ?ってことだったんですけど。

心配ないだろうけど、翌朝になっても症状の改善が見られなければ再度の受診をってことでした。

そうこうしていいるうちに熱は再びあっという間に40.4度まで上昇。

高熱が下がらないままはるくんは寝てしまい、その後うなされる状況が長く続いたため、解熱剤を投与。

熱を下げるという効果は無かったけれど、睡眠をたっぷり取ってくれたので少し安心しました。

そして翌朝・・・ 以下、続く。

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2006年8月 8日

熱性けいれん

土、日、月と、3晩連続で40度を超える高熱を出したはるくん。体は熱く、苦しそうで、心配です。

土曜の午後から発熱しました。夜中に40度に達したけれど、翌日曜の朝には36度台まで下がり、高熱の割には苦しがらずに深く眠っていたので水分補給に努めて自宅で様子を見てました。

日曜日は6時前には起きて、元気よく部屋の中で遊んでいてたのだけれど、そのうち、再び熱が上昇。お昼過ぎには40度台に。

「あっちに行きたい」とリビングに行きたがったので、子供部屋から抱っこで連れていくと、カウチの上でミニカーで遊び、いつの間にか眠ってました。

チチとハハ(私たち二人)は、高熱の際の対処の仕方、ひょっとして起こるかも知れない熱性けいれんのことなどを、「すくすく子育て」のテキスト(これは本当に役に立っています)で予習してました。

16時。「ゴボ」っていう変な音を立てて、両足を突っ張らせ、手はカマキリみたに胸の前で折った状態でブルブル震え始めました。泡を吹くってほどじゃないけど、よだれが口の中にたまって「ガラガラ」音を立ててます。目は閉じているから白目をむいたかどうかはわからないけれど、眉毛の下の筋肉が激しくけいれんしています。

熱性けいれんだ。

そう思って、ついさっき読んだテキストの通りに対処。

マニュアル通りに、やがて嘔吐が始まり、5分ほどで酷いけいれんはおさまって

30分ほど手は小刻みに震えていたけれど、寝入ってしまいました。

ぐっすり眠ったところで、近所の慈恵医大青戸病院の救急へ電話。ここは24時間小児科医がいて、自宅からも車で10分かからない程度なのでとても助かっています。

状況を説明すると、「すぐに連れてきて下さい」とのこと。エスカレーターでの事故以来2度目の受診。今回は空いていて、すぐに診てもらうことができました。

案の定、夏風邪による発熱で熱性けいれんを起こしたとのこと。子供にはよくあることなのかと思いきや、30人に一人くらいの割合なのだそうです。しかも、家族性が強いらしく、チチ、ハハ共に未経験な私たちのようなケースはレアみたいです。

2度目のけいれんがおきないように、けいれん止めの坐薬(ダイアップ)を処方され、詳しい説明を受けました(救急とは思えないきめ細かな説明と対応でした)。

隣のベッドにも、同じく熱性けいれんの子が救急車で運ばれてきました。

blogで熱性けいれんのことを調べてみると、救急車を呼んだ、という話をよく目にします。私たちってのんきな親なのかなぁって思ったけれど、予習していたおかげで慌てなくて済んだのかぁな、とも。いきなりけいれんを起こした我が子をみたら、さぞかし慌てただろうなぁと思います。

それにしても。けいれんを起こしたのが親の目の前で本当に良かったです。もちろんモニターはつけていましたが、子供部屋でひとりで寝ているときだったら気付かなかったかも知れない。吐瀉物がのどに詰まって苦しそうに咳をしているところに駆けつける、なんて事態だったかも。想像するだけで怖い。

そんなこんなで今回の発熱、まだまだハプニングは続出です。以下続く。

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2006年5月25日

中耳炎は治ったけれど(満1歳9ヶ月)

 中耳炎。恐ろしいですね。

 数週間前ですが、中耳炎になり、治りかけたときに先生に言われました。

 「ほぼ治ってますが、このまままた風邪を引いたりしたら再発してなかなか治りませんから気をつけて下さいね。風邪も治して一気に中耳炎完治させましょう」って。

私:「なかなか治らないってどれくらい時間かかりますか?」

先生:「3歳くらいまでずっとです

私:「・・・・・」

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2006年5月 2日

中耳炎になった(満1歳8ヶ月)

 連休前の木曜日、朝からご機嫌斜めでした。保育園でも、おむつ替えや着替えを相当いやがったようで、具合でも悪いのかなぁって思っていたのですが。

 帰宅後しばらくしたら体が熱くなり始め、発熱。自ら「ねんね」とお布団の上へころん。

 夜中にかけて体温はグングン上がりはじめ、39.2度にまでなってしまいました。

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2005年12月 8日

そう簡単には治らない・・・(満1歳と3ヶ月)

 前回のblogで「もう少しで治りそう」と楽観的なことを書いておりましたが。。。

 それはとんでもない勘違いで、その後も大変でした。

(そして汚い話が続きます。ゴメンナサイ!)

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