2008年10月 2日

検査の結果

退院して1年と1ヶ月が過ぎました。

今も4週に一度検査へ行って、採血して腫瘍マーカーを調べます。結果が出るまで時間のかかる検査なので、後日ドキドキしながら病院に結果を聞くため電話を入れます。

今日も、その「ドキドキコール」の日でした。

お陰様で、セーフ。再発の徴候はありませんでした。次回の検査日までほっとして過ごせます。

そんなことをあと何回繰り返せば良いのかわかりませんが、地道に積み重ねていくしかありません。

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2008年8月 8日

祝!無治療1年!

昨年の8月6日、はるくんは最後の治療を行いました。

気付けば1年経過してました。「そろそろだなぁ、満1年…」って思っていつつblogで確認したら、ちょこっと過ぎてました。

お陰様で、順調に1年が過ぎました。その間、ネットで知り合った同じ病気のお子さんが天国へ旅立ったり、病院で共に頑張った同病のお子さんが再発して再入院したり…。「小児がん」というあまりにも理不尽な病魔に襲われたお友達たちに目を向ければ、辛いことはもっともっとありました。

ああ、次はうちの番かもしれない…

そう思って過ごす日々も少なからずありました。

でも、あれよあれよという間に幼稚園に通うようになり、素晴らしいお友達と先生達に囲まれて、ビックリするほど成長し、体力も付いてきました。

病気であったことを忘れてしまうくらい、また、周りの人が「病気、したの?はるくん」って言ってくれるくらい、元気坊主になりました。

今後、どうなるかは誰にもわかりません。

「1年経てば再発のリスクはかなり減ります」と主治医の先生に言われ、先日も「第一関門突破ですね」と言われました。

だけど、1年以上経っても再発してしまったお友達も、もちろんたくさんいて。

しかし、諸先輩から言われました。

「心配しすぎてビクビク暮らすより、うちの子は絶対再発しないんだって気持ちで前向きに生きると一日の価値がずっと上がります」って。

そうそう、そうです。

なので、今年の夏は思いっきり遊んでいます。自分が子供の頃「絵日記に書くことがないよ~」とネチネチ言ってましたが、今は毎朝「ねぇ、ママ、はるくん、今日はどこに行くの?」って聞かれます。

特別な場所には行ってません。友達のお家とか、スイミングスクールとか。

でも、思いっきり楽しんで、毎日絵日記書けそうです。そんな宿題は出てないけど(^_^;) あ、私には【blogの更新】って宿題ありましたね(^_^;) たまる一方です。

そして、思うのでした。絵日記書ける日々って、親もめちゃめちゃ疲れるわー。って。でも、それだけ遊べるなんて、一昨年(まったく別の病気で入院していた)、昨年を考えると、やっぱり夢のようです。

もうすぐお盆。今年は3年ぶりに軽井沢で家族と共に過ごします。

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2008年3月 5日

バクタ終了

はるくんは、治療が始まってから「バクタ」という苦い苦い苦い苦い薬をずっと飲んできました。

はるくんに限らず、骨髄抑制(白血球や血小板ががっつり下がる)のきつい治療をしている病気の場合は、たいてい飲むお薬です。身体に入ってくる細菌をやっつけます。

大人が飲んでも口が曲がるこのお薬、錠剤があったらいいのにって思っていましたが、子どもの1回量はそんな形状にも出来ないみたいで、顆粒。あの手この手を使って頑張って飲んできました。

最後の最後まで服用が続いていたバクタですが、先日の外来で終わりました!
ヤッタ─ヽ(*´v`*)八(*´v`*)八(*´v`*)ノ─ァァ!!!

白血球などはかなり早い時期に回復していたのですが、骨髄移植で失われた免疫もしっかり回復し、何かに感染しても重症化する心配がなくなりました。

だからといって「風邪もひかない丈夫な子」になったわけでもなんでもないんですけどね。

これで残る薬は1種類。再発防止のための13-シス-レチノイン酸(商品名:ロアキュテイン等)を飲み続けます。これはあと1年半近く続けます。きれいな色の錠剤ですが、海外から取り寄せるため(未認可薬なんです)、粒が大きい(>_<)  でもはるくんはとても上手に、驚くほど上手に、2錠いっぺんにつるりと飲んでしまいます。

何はともあれ、良かった、良かった。一歩ずつ、一歩ずつ、ですね。

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2007年8月17日

退院した日

8月13日、無事はるくんは退院することができました。みなさん、ご心配をおかけしました。そして、応援、本当にありがとうございました。

最初の病院も含めると10ヶ月に及ぶ入院生活。チチもハハも病気することなく、なんとか付き添いし続けることが出来ました。

特にハハは(私のことですが)皆勤賞で、はるくんの顔を見なかった日は1日もありませんでした(^_^)v

直前の週末、外泊していたので、退院当日の月曜日9時前に病院の到着。

夏休みで病棟は大混雑。その日入院予定のお子さんが到着されたとのことで、居場所の無くなったはるくんのベッドは、空き部屋となっている「移植部屋」へ。

わー、懐かしいー、と一同盛り上がり。ハハはヒビテンで手を洗ったり、辛い日を思い出して涙したり、忙しく(?)過ごしておりました。

ムンテラ終了後帰宅、ということになっていたのですが、夏休み明けの先生はひっぱりだこでなかなかお顔すら拝見できない状態…。

大好きなカレーがお昼のメニューだったので、はるくんにはそれを食べてもらって、ハハはお友達や看護師さんたちにご挨拶。

やっと先生にお会いできたのが午後2時。夢にまで見た「寛解」というお言葉をいただきました。涙出ました。

その後、はるくんはなんと「採血」…。もうカテはないので、腕にチクンと針を刺され、ワンワン泣いたら眠ってしまいました

そう、感動的な退院セレモニーのはずが。

看護師さんや先生達に抱っこしてもらって代わる代わる写真を撮らせてもらう予定が。

集合写真も、できることならビデオも…。

ハハのもくろみはすべて泡となり消えました。

当初の予定通りだったのは、涙、涙、だったことだけで(苦笑)。

大事なときに盛り上がりに欠ける息子でしたとさ。

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2007年8月 6日

最後の治療が終わりました

今日、放射線照射の11回目。これで照射は終了。神経芽腫最後の治療です。否、願わくば、最後となって欲しい、でしょうか。

こちらの病院では、照射中好きなDVDを見ていることが出来ます。照射室備え付けの「ドラえもん」をいたくお気に入りのはるくんは、照射終了時の「これで全部終わりだよー」の先生の声に「もっと(ドラえもんを)見たーい」とベッドから置きようとせず(-_-)

「あぁ、すべて終わった…」と感慨に浸る、なんて状況じゃありませんでした(苦笑)。
移植部屋から出るときもそうでしたが、節目って感じる時は、案外ドタバタと過ぎ去ってしまうんですね。実感ゼロです(笑)。

さぁ、これからは退院に向けての残りの検査です。異常がなければ「寛解」って言ってもらえるんでしょうか。

「寛解」…特別な響きを持つ言葉です。追いかけても追いかけてもつかむことの出来ない存在なのかと思っていました。もちろん、それに向かって突っ走ってきたはずなんですが、毎日毎日「白血球上がって」「ごはん食べて」「CRP下がって」etc…、と鼻先のにんじんをとろうとすることに精一杯でした。

あといくつハードルを越えれば良いんだろう…。まだまだそんなことを考えてしまうハハなのでした。

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2007年8月 3日

【速報】退院です

昨日、主治医の先生より「来週半ばの検査が終了したら病院にいてもすることがありません。退院しましょう」とお話しがありました。

先輩ママさんたちが口をそろえて言っていた「その日は突然やって来るのよ」がまさに具現化したという感じ。照射が終わって検査もしたら、することないよねぇ、とうすうす思ってはいたものの、退院のお話しって数週間前に「いついつ退院を目標としましょうか」みたいに聞かされるのかな、というイメージがあったので

大人の場合(というか、私がかつて病気で入院したときのことですが)、手術して、数日して、点滴がはずれても、体力が回復するまで1週間とか病院で過ごしました。

確かに、あのときは「リハビリ」って感じで、病院の中を散歩したり、階段を上ったり降りたり、日常生活の動作が出来るようになるまで「慣らし運転」の日々でした。(っていうか、歩くのはそろりそろり、だったし、くしゃみしたりとか、笑ったりとか、オペ後1ヶ月は痛くて出来なかったもの)

しかし。はるくんはどうでしょう。走り回って、ものすごい力で「あっちへ行こう」と私の腕を引っ張り、元気な普通の子みたい。仰せの通り病院ですることは何もないんです。

ということで、最短で来週中、検査の結果次第で、追加検査とか、最悪何らかの治療とかあったりすると延びると思いますが、お誕生日までには自宅に戻れそうです

ほんの2,3ヶ月前、今後の治療スケジュールを想定していたときには「お誕生日前に退院なんて、いくらなんでもムリだろう?」って家族で話していましたが、どうやら実現しそうです。

確定してからお知らせしようかと思いましたが、良い知らせを一人で握っているのも申し訳なくて、『先走り』の告知です。

今は、「心の準備が…」という感じ。退院後の生活に不安がいっぱいです。

無治療になってしまう。これが一番不安。あんなに「辛い治療を受けさせてしまって申し訳ないなぁ。かわいそうだなぁ」って思っていたのに、でも、何らかの治療をしているときは、病魔を押さえ込んでいるということ。何にもしなくて本当に平気なの?と思ってしまいます。もちろん、安心材料のために治療をしてもらうなんて、あり得ませんけど。

そして、外泊だけでもへとへとなのに、一日中家ではるくんと過ごす日々は想像するだけでも大変そう。あぁ、完全看護って素晴らしい。ありがとう、病院。

買い物に行けない退院後の生活に備え、冷蔵庫を大きめのもの(広い冷凍室が欲しい)に買い換えたかったのですが、予定よりもうんと前倒しになり間に合いそうもありません(^_^;)

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2007年8月 2日

順調です

みなさま、お久しぶりです。気づけばもう8月。おかげさまで順調に治療はすすみ、元気に過ごしております。

こちらの病院でも計11回の放射線照射が行われています。昨日までに8回(!)終了しました。

毎回眠っていたとはいえ、今まで受けてきた陽子線照射で慣れていたのでしょうか。こちらの病院での放射線照射も、型どり、シミュレーション用のCT撮影、と1日で終え、装置に慣れるための「練習」もすることなく、いきなり「本番」照射を開始することが出来ました。

これには、いろんな先生がびっくりしていました。

ほぼ毎週末外泊に出て、親にとっても退院後の生活に向けてのトレーニングが本格化、といった感じです。はるくんも、昨日から退院に向けての全身チェックの検査が始まりました。

ところで、最近、味覚が少しずつ戻りつつあるのかな、と感じます。

夜ご飯に出た「ひじきの炒め煮」を食べました!渋好みのはるくんは、病気になる前は「ひじきと大豆の煮物」とか大好物でした。我が家にはひじきやら大豆やらが大量にストックされたまま…。使う日が来るのだろうか?と思った時期もありましたが、望みが出てきました。

しかし、はるくんが発した言葉は

「あんまりおいしくないねぇ」

最近、↑がお気に入り(?)のようです。でも、そう言いながら、2口くらいは食べてくれるのでうれしい限りです。

以前ならば、だめな食材は顔をしかめて、吐き出していましたからねぇ。

とは言いつつも、入院中覚えた大好きな味は「チョコ」。バレンタインデーの夕食時に出たのが初体験でした。

この前の外泊時も、パン屋さんで自ら選んだチョココロネを一心不乱に食べていました。

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ちなみに、その下の写真は、その1週間後。1週間で、髪も少し伸びました。

これは、焼き鳥を食べて、べぇっと出してしまったところです。大好物だった焼き鳥(七輪で焼いたのを食べさせたら虜になりました)に思わず手を伸ばしたのに、やっぱりダメな味だった、とがっくりした姿を見るのは辛いです。(右下の写真はちっともがっくりしているようには見えませんねぇ(^^;)

チチとハハ(私たち夫婦のことですが)に似て、おいしいものを食べるのが大好きなはるくん。抗ガン剤の副作用の味覚の変化が早く治ってくれればいいなぁ、と思います。

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2007年7月18日

帰ってきました

今日、陽子線の最後の照射を終え、その脚でもともと居た世田谷の病院へ戻ってきました。

ありがたいくらいの「お帰り~」という歓迎を受け、はるくんは、照れまくって意味不明な言葉を発し、ハハ(私のことですが)は、気の合う仲間達との再会に、堰を切ったようにおしゃべりになりました。

転院していた病院でも、1ヶ月の入院でしたが、非番の看護師さんがはるくんを見送りに来てくれたり、「一緒に写真を」と看護師さん達にカメラを向けられたり、と、かわいがってもらえて本当にありがたかったです。

戻った初日、眠れるかしら?と案じていましたが、9時前に眠ってくれました。古巣の空気に慣れるのは早かったようで、明日からの生活も安心です。

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2007年7月12日

最近のはるくん

先週末の外泊は、木曜の午後から月曜の朝まで、という長期滞在。体重も1kgほど増え、体力も付いてきて、我が家のリビングのステップ(周囲より階段2段分下がっている)も一人で上り下りできるようになってきました。

で。恒例の「ママはあっち」攻撃(笑)

じぃじ、ばぁば、とーちゃんと遊びたいとき、今まで(病気になる前)も「ママはだいどこ」とか、「ママはお洗濯」とか、ハハ(私のことですが)を遠ざけようとしてました。

しかし、今回は、「ママはあっちいけ」と突っ張り(相撲の、ですよ)のおまけ付き。

チチ(だんなさまのことですが)は大モテで、トイレにも行かせてもらえず…。ちょっと休ませてあげようと思い、「ママとお買い物に行こうよ」とはるくんを誘っても、「ママはヤダ。とーちゃんとがいい」とか。

でも、眠くなったら「ママー」でした(笑)。具合の悪いときは、「ママじゃなきゃダメなんだー」と泣き続けていたわけで、「あっち行け」と言えるようになったくらい元気になったってことなんでしょうね。

Dscf3123ところで。はるくんの楽しみは渋すぎます。おじいさんか、お前は!と言いたくなるほど。

スカパー!の「歌舞伎チャンネル」をじっと見入り、真似して舞い、見得を切り、「難しいねぇ」と一言。

すぐ飽きると思ったのに、かなり長い時間見てました。

 「みんなでうたおう!のりものソング」 というDVDの中のお気に入りソングは「くるま音頭」。

公園での楽しみは鯉に餌をやること。

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マクドナルドやケンタッキーは受け付けず、氷が入った飲み物はダメ。アイスは「冷たいから嫌い」。

好きなスィーツはあんことチョコ。

でも…。

「それ、とってもすてきだね。赤の新しい服」とか「それ、新しい靴?とってもかっこいいねぇ」とか。そういうことは誰よりも早く気づき、口に出して誉める。

そのまま成長したら、モテ男になると思うのですが、和のテイストってどうなんでしょう(笑)

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2007年7月 5日

雨、降らないで

Img135はるくんは雨が降らない限り、午前中は散歩をして過ごします。

たくさん動いて、午後の照射でしっかり眠れるように、というのがその目的。

病院のすぐ近くに、市の消防本部があり、消防士さん達が訓練しているのを見学できます。

お願いすると、救急車に乗れたりするらしいので、今度トライしたいと思います。

お陰様で、11回の照射のうち、3回は無事完了しました。

照射の影響で白血球の値が若干減ってきましたが、力も強くなり、歩くと言うよりは小走りしていることが増え、体重も徐々に増えてぷっくりしてきました。

Img140そして、まつげが延びてきて、眉毛が生えてきて、頭にも産毛がうっすら。もうしばらくすると、ボンっと一気に生えてくるでしょう(周りのお友達がみんなそうでした。外泊から戻ってきたら全然人相が違っていたり、とか・笑)。

こちらでの照射が終わって、元いた病院に戻ったら、全然違う顔になっていてびっくりされちゃうかもしれません。

ちなみに、↑のアップの写真は、眠っているところです。半目を開けて寝るはるくんです。

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2007年7月 2日

初照射、完了

今日、放射線(陽子線)の第1回の照射がありました。

13:30にトリクロという眠くなるシロップを飲んで14:30入室予定というスケジュール。少し遅れましたがほぼ予定通りできました。

眠っているちょうど良いタイミングで行いたいので、大人の患者さんと順番が前後してしまうことがあり、お待たせしてしまったみなさま、すみませんでした。

お陰様で無事照射は完了です。

薬がよく効いていて、もうすぐ5時だというのに、がっつり眠っていて起きる気配すらありません。夜が怖いです(;_;)

あと10回、これが続きます。ゴーゴーはるくん

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2007年6月27日

のんびり過ごしています

新しい病院に来て1週間が過ぎました。

60km弱の道のり。自宅から電車で何とか通う予定でしたが、はるくんは、こちらに来てから寝るのが遅くて(>_<)、通いは断念しました。近くの格安宿泊施設に泊まって自転車で通っています。

月曜日に放射線(陽子線)照射に必要なCTを撮影し、型を取り(自分のかたちになったベッドにはまるように寝て照射を受けます)、準備は整いました。

今週いっぱいは、照射室に慣れるために遊びに行き、来週の月曜日から実際の照射が始まります。

はるくんは、病院ですることは1日1回の点滴と、内服と、↑のお出かけ程度。

それが終われば、広い敷地内をお散歩させてもらえます。救急車も頻繁にやってくるので見学したりして、のんびり過ごしています。

食欲も少し出てきて、少しずつお肉も付いてきました(^o^)。

週末は外泊し、たくさん食べてたくさん遊んで、日曜の夜に病院に戻るという生活パターンです。

ハハ(私のことですが)は朝7時に病院へ行き、病院を出るのは夜10時前のことが多いです。はるくんの今の病室は中学生のお兄ちゃんが最年長で、はるくんが最年少の6人部屋。

一応消灯時間は決められていますが、遅い時間まで電気煌々とついていてみんな起きているので、暗くないと(真っ暗じゃないと)眠れないはるくんには結構厳しい環境なのです(^_^;)。

まぁ、でも辛い治療がない入院というのはほんとに気楽です。

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2007年6月19日

突然ですが引っ越しです

突然ですが、今日退院してきました。

別に病院とケンカした訳じゃありません(笑)。

陽子線という特殊な放射線を使った治療を受けるため、転院するのです。

お薬の関係上、家にいられるのは今晩だけ。お昼過ぎに自宅に戻り、たくさん遊んで、たくさんカレーを食べて、久々にベビーカーでお散歩にでかけて眠りました。

明日から1ヶ月弱、緑豊かな環境で過ごしてきます。一連の治療が終わったら、ふたたびもともと居た病院へ帰ります。

日々のスケジュール的には、照射が終わったらすることはないので、体力を付けるためにたくさん外出できると良いなぁぁ、と目論んでいるハハなのでした。

今日は親子3人川の字で眠ることにします。

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2007年6月18日

楽しい外出

手術から2週間が経ちました。

5日ほど前に外科病棟から古巣の病棟に帰ってきました。みんなに「はるくんおかえり~ 待ってたよ~」と声をかけられ、はるくんもうれしそう。ハハ(私のことですが)も、仲良しのママさんたちとの和やかな日々に戻れて、とてもうれしかったです。

今は、内服を除けば、1日1回の中心静脈カテーテルからお薬がメインの治療。検査が無い日は遊んで暮らすお気楽な日々。

週末は、チチ(だんなさまのことですが)やチチハハさんが来てくれたので、外出許可をもらって出かけることにしました。

と言っても、人混みはまだまだムリなので、今ハハが滞在している病院敷地内のハウス(病気の患児の付き添い家族のための滞在施設。欧米の大学のドミトリーみたいな感じで、バストイレ付きの個室と、共用のキッチン、リビング、ダイニングなどがあります)でお昼ご飯を沢山食べること、がメインです。

日曜日はハンバーグにしました。好物のハンバーグだからっていうこともあるけど、久々に親子3人で食卓を囲むと、食が進むこと、進むこと。かつてのはるくんが戻ったようです。

病院にいると、付き添って食事を食べさせてあげていても、いつでも一人で食事しているわけで、「おいしいよー」「おいしいねー」という会話や、周りの人たちのおいしそうに食べている顔も見られないし、たとえ好きなメニューが出たとしても、みんなでテーブルを囲んで一緒に食べる魅力には全然かなわないんでしょうね。

そういえば、外泊の時、はるくんはいつでも「じぃじもばぁばも、とーちゃんもママも、みんなでうわんがばいたい(訳注:みんなでご飯が食べたい)」と主張していたっけ。

カロリーをたっぷり摂取した後は、「お散歩いくー。とうちゃんブーブーに乗るー」と言うので、車に乗って近くの大きな公園へ行ってみました。

冒険かなぁ、と思ったんだけれど、せっかくのお天気だし(梅雨入りしたらしいけど)、思い切って。

シャボン玉や、公園の売店で買った野球のセットでたくさん遊びました。

何度教えても、バットの太い方を持ち、何度教えても、ゴルフのスイングをする不思議なはるくん。ゴルフセットも売っていて「こっちがいいんじゃない?」と買うときに言ったにも関わらず、野球セットを欲しがり、結果、こんな遊び方。

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おもしろすぎます、はるくん。

はるくんと公園で遊ぶ日がこんなに早くやってくるとは思いませんでした。いや、本当はこんなに早く連れてきてしまってはいけなかったのかも。

でも、病気がわかった当初は、もう二度とそんな日が来るとは思っていなかったんです、正直なところ。

これから、放射線治療も残っているし、それが終わったからと言って「治癒」したわけでもなんでもないのですが、ここまで元気になって、夢のようです。先生方の熱意とはるくんの頑張りの結晶だと思います。

みんな本当にありがとう。今日一番うれしくて楽しかったのはハハだったのかも知れません。

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2007年6月10日

歩きました

手術後6日目です。

Dscf3038日曜日の病院は人が少ないので「院内外出」には最適。はるくんも「お買い物に行きたい」ってずっと言っていたので、先生にお願いして2時間ほど許可していただきました。

スーパーにあるような子供乗せ専用カート(病院にあるんですねー)に乗って、点滴棒押しながら出発。

おもちゃなども売っている大きな売店に着くと「降りる~」と。

おそるおそる降ろしてみると、てけてけ歩くじゃないですか!びっくりしました。うれしくて、ビデオ撮ったり写真撮影したり(売店のスタッフの方、利用者の皆さん、邪魔くさくてすみませんでした)。

Dscf3040はるくんははるくんで、トミカを大人買い。「同じの持ってるじゃん」と言っても、かごにじゃんじゃん入れていきます。積み木じゃないんだから、っていうくらい積み重ねています。

食欲がないから、チョコレートとか、かっぱえびせんとか食べさせて、食べる楽しさを思い出させてあげたいなぁ、と思ったのですが、「うーん、やめとく」と大人っぽい返事。
ハハ(私のことですが)の昼ご飯がまだだったので、パンやおやつを買って、ラウンジ(?)でみんなで食べました。もとい、はるくんは、のぞく、って感じ。

吐き気があるみたいで、ダメなんですね。木曜日から飲水、5分粥と、だんだんに食事が始まり、やっと普通の米飯にたどりついたのですが、海苔巻きにお醤油をちょこっとつけても(大好きな食べ方)子供用お茶碗半分程度。

それも、お昼しか食べてくれません。

「そのうち胃も動きますよ」と先生方は言いますが、なにせ移植してからまだ1ヶ月しか経っていないわけです。ずっと水様便が続いているのも、吐き気がひどいのも、全然消化されていないモノを吐いたりするのも、何が原因なのか、さぐろうとしても要因が多すぎてよくわかりません。

とても辛そうだから、なんとかしてあげたいんですが…。飲水と共に再開した内服薬は可能な限り点滴に切り替えたり休止してもらえるようお願いしました。それくらいしか、方法を思いつきません。

ま、しかし、歩けるようになり、はるくんもだいぶ自信がついたようです。慎重くんなので、「できる」という確信を持たないと、アクションを起こさないタイプなんですよね(^^;)。

しっかり動いて、体の中の機能が目を覚ますよう、祈るばかりです。

あ、そうそう、買い物かごに満載のトミカは、もちろんひとつを残して全部こっそり棚に戻したハハでした。

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2007年6月 7日

さよならICU

今日で手術後3日です。

はるくんは、手術の翌日のお昼過ぎ、小児外科病棟に移りました。ICUの滞在時間は20時間未満でびっくりしました。

ICUでのはるくんはぼんやりしていて、レストランのケーキのショーケースみたいな丸い円筒系の透明なアクリルの箱の中に首から上が入っていまして(酸素濃度を高くするためです。マスクよりも自然な呼吸ができるとか)。

頭をなでたりすることはできなかったけど、手を握ったり話しかけたりしてました。そしたら目を開けて第一声が「ボブとブーブーズの1、見る」とDVDをせがんだのでずっこけました(^_^;)

結局、原発の固まりの中には活性の良いガン細胞が小さな固まりで3つくらいあったそうです。
腫瘍科の主治医の先生も顔を見に来て下さって。

「もうはるくんのお腹の中には目で見えるガン細胞がいません。手術は大成功でした」

と言われて感動して涙でそうになりました。

当初、取るかも知れないと言われていた腎臓は、余りにもきれいだったから残したそうです。また、どうやら原発は副腎じゃなくて、そのすぐそばの交感神経節だったみたいです。

原発の固まりは肝臓の中にめり込んでいて、それを丁寧に取り出して、下大静脈に絡みついた部分も1、2ミリ、薄皮1枚分残して全部取れたそうです。


昨日あたりから。お座りする練習を始めました。当然痛がりますが、だんだん支えが無くても座っていられるようになってきました。

鼻から胃へ入っていたマーゲンチューブ、導尿のカテーテル、酸素のチューブ、とだんだんにはずれ、今はお腹に腹水を出すためのドレーンがついているのみです。

熱も下がり、深緑のタールのような便(飢餓便というそうです)も出て、そろそろお水が飲めるかな?

手術前の絶食の時「あんこ、あんこ」と食べたがっていたので、ご褒美の鯛焼きを出してもらえる日も近いかも知れません。

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2007年6月 4日

無事成功です!!!

19時前、先生に呼ばれ、無事終わったと告げられました。

腫瘍は取りきれました。

取るかも知れないと言われていた右の腎臓はとてもきれいだったので残したそうです。

まだはるくんには会えていませんが、終わるのが夜中だと思っていたので狐に摘まれた気分です。

とにかく、良かった。みなさん、応援本当にありがとうございました!!!

次は放射線。さぁ、行くわよ!って気分です。

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熱意

2時間ほど前にオペ室に入りました。超凄腕、ベテランの先生を以てしても、「腫瘍の位置がかなり上で難しい手術だ」とずっと言われ続けてきました。

ここまで順調に来ると、ガンだと告知された当初の「命だけは助けてください」という気持ちから、だんだん欲が出てきて、「少しでも予後のQOLが高くなるように」という想いが頭をもたげてきます。

先日、入院した日のCTと、移植後のCTを見比べながら様々な説明を受けたのですが、正直なところ、

忘れていたけれどこんなに大きかったんだ。。。。再発防止を最優先してもらおう。

と、初心に返りました。

20年後、30年後のことを心配するより、まずは5年間、何事もなく過ごしてもらわねば。ずっと先のことは、その間の医療の進歩を信じようということです。

チチ(だんなさまのことですが)は、20数年前の少年時代、東大病院で大きな手術を受けました。その時、日本で(少なくとも関東近郊で)CTがある病院は東大病院だけだったんだそうです。

医学の進歩がこれからもそんな勢いで進んでいくのならば、とにかく生きてもらわないと。いろんな問題は起こるでしょうが、今よりは解決策があるはずです。


そして数日前、主治医の先生から

ご両親には負けますが、はるくんに関わるすべての者が、はるくんには絶対に治って欲しい、という熱意を持って日々頑張っています。

という温かいお言葉をいただきました。

年末年始も土日も朝も夜も関係なくいつもお見かけする先生方。激務で体を壊さないのか、とか、ご自身のご家庭は大丈夫なのか、とか、いろんな「?」があったけれど、治したい、救いたいという熱意がつき動かしていたんだな、と。とても感動するとともに、そうじゃなきゃ合点がいかないよな、とも思いました。

こんなにみんな頑張ってくれているんだもの、絶対絶対大丈夫。

もう一息だからね、はるくん。頼むよっ

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2007年5月29日

手術日決まりました

移植後22日目です。

おかげさまで順調です。食欲も徐々に回復し、高カロリーの点滴もずいぶん前にはずれ、大好きなカレーが出た月曜日はほぼ完食することが出来ました。

まだ白血球の上がりが完璧ではないのでクリーンウォールは付いていますが、輸血はずっとしていません。

で。今日突然オペ日が決定しました。私たちが予想していたよりもずっと早く。

6月4日月曜日午後スタートです

かなりの大手術ですが、はるくんの最初の生検の時から手術を担当して下さっている、はるくんのお腹の中のことを良く知っている先生が執刀して下さるとのこと。良かったー。

私たちは待つことしかできませんが、悪いもの取って元気になったはるくんに早く会いたいです。

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2007年5月23日

さよならクリーンルーム

移植後16日目です。

本日、無事クリーンルームを出て大部屋に戻ってきました\(^-^)/バンザーイ

クリーンウォールというおまけも付いてきましたが、まぁ、良しとしましょう。

「お世話になりました」とクリーンルームに頭を下げたり、感慨に浸っている時間は一切無く、「さぁ、いくよっ」という看護師さんのかけ声で、はるくんをだっこしてバタバタと。

「DVDはぁ?どこぉー?DVDぃー」

と叫ぶはるくんに適当におもちゃを与え、ハハはバタバタと何往復もして荷物を移動、そして整理。

クリーンルームで支え続けて下さった看護師さんたちに、「おかげさまで」とお礼を言いたかったのに、気付いたら夕方。

いろんな機械や設備があって狭苦しかったクリーンルーム。普通のお部屋に戻って気付いたのは、狭い=欲しいものにすぐ手が届く ということ。狭さの利点は大きかったのです。

そんなこんなで、体力回復を目指し、また元のお部屋で頑張ります。

心配&応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。

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2007年5月20日

自力で血が増え始めました

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移植後13日目です。

昨日、白血球1380、好中球320個でした。そして、なんと、ヘモグロビンや血小板が自力で増え始めました\(^o^)/わーい。超大量な抗ガン剤で造血機能も抹殺してしまったのですが、とうとう自分の力で血を作れるほど移植した幹細胞が働き始めた、ということです(たぶん)

今日は落ち着いているので血液検査は無し。たぶん、週明けの明日には好中球が500個を越えて、たぶん"ガウン解除"になります。

今まで、クリーンルームでの私たちは(はるくん以外の人、全員は)マスク+帽子+ガウンという出で立ちでなくてはならず、抱っこ禁止とか接触の制限もありました。ガウン解除になると、マスクのみになり、抱っこもokay、だいぶ気が楽になります。

うれしかったので、ベッドから降りても良し、の許可が出たらすぐに使えるように、crocksを買ってきてしまいました(写真右)。アルコールタオル(ショードック)で拭けるものしか持ち込めないので、こんな素材のサンダルが必要なんです。

いろんな点滴も少しずつ減り、5月3日から受け付けなくなっていた食事も一昨日から始まりました。食欲は今一つみたいで、起爆剤として用意して置いた今日のおやつ、鯛焼き(はるくんの大好物)も4分の3くらいでギブアップ。焦らずやろうと思います。

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2007年5月16日

白血球500突破!

移植後9日目です。

今朝、白血球が530でした!一昨日が140、昨日が340、と調子良く上昇しております。

生着間違いなし、です。

昨日からお茶を飲み始めました。喉の粘膜障害はだいぶ改善されたようで、「飲んでも痛くない」のだそうです。

懸案だったお腹の動きも、飲水により活発になり、嘔吐もしていません。

明日から内服再開するそうです。

好中球(白血球の中の成分(?)の一つ)は、今日は80個だったので、まだまだ帽子やマスク、ガウンを着たままですが、どうでしょう?あと1週間くらいではずせるようになるのかしら。

はるくんは自力でベッドの上に正座することができるようになりました。それを見たときは感動して拍手喝采、大盛り上がりのチチとハハ(私ら夫婦のことですが)でした。

お座りして遊ぶ、というほどのレベルには達していませんが、お尻が痛くなくなって、下痢が収まって尿カテが取れたら(全身の粘膜障害が改善されれば)相当活発になってくるでしょう。

子供のパワーには本当にびっくりです。

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2007年5月14日

移植から1週間

今日で、移植から1週間経ちました。

はるくんは、おなかの動きがあまり良くなくて、本来ならば腸へ流れるはずの胆汁が胃に逆流してしまい、大量に吐いてしまったので、数日前からマーゲンチューブという管を鼻から胃へ挿入して胆汁と発生したガスを外に出してます。

不快だとは思うのですが、昨日の母の日くらいからおしゃべりが増えてきて、活力が出てきました。

「明日、どれだけ元気になっているか、顔を見るのが楽しみだね」とチチ(だんなさまのことですが)と共に病院を後にしたのは、久々。

で、今日、白血球が140に上がっていました!!!

主治医の先生も「増えてきましたねー。一山超えたと思います」と。

もちろん、まだまだ予断は許しませんが、明日の血液検査、楽しみです。

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2007年5月11日

カメラは見ている

移植後4日目です。

熱も下がってきたので今日からシャワー再開のはるくんです。でも、1日の中でこれが1番の苦行のようです。

ハハは、いろんな看護師さんに「お母さん、大丈夫ですか?眠れてますか?食べられてますか?」と声をかけられます。

そんなに心配かなー、なんでかなー、と思いつつも「えぇ、大丈夫ですよ。動かないから太ったくらいで(^_^;)」って答えてたんですけど。

チチ(だんなさまのことですが)に指摘されました。

「いつも居眠りしているところ、見られているからだよ」と。。。

そうです、移植部屋はカメラが付いていて、スタッフステーションでモニターされているのでした。

もちろんそれは知ってたんだけれど、眠っているはるくんの手を握ってじーっとしていると、眠くなっちゃうんですよー。

「おててー」と両手をつなぐことを要求されること数日。実はけっこう体に負担のかかる姿勢で。眠くなっちゃうんですよー。

よけいな菌を持ち込まないようにするため、親の私物はいっさい持ち込み禁止。病状なんかもその場でメモできないし、読んだり見たりするものないし。はるくん寝てたらテレビつけるのも気が引けるし。眠くなっちゃうんですよー。

確かに、寝ている姿は目撃されているわけです。

そしてさらに今日ははるくんと”カブかん!”を踊りまくってしまいました。

息子が元気に(といっても仰向けに寝て手だけで、ですが)踊っているというのにハハが傍らで盛り上げないでどうする?!と。

恥の上塗りです。あはは

はるくんはとろとろと眠っていることが多いですが、お薬はきちんと飲み、少しずつおしゃべりもするようになりました。今日はアンパンマンのDVDを見ながら主題歌を口ずさんでました。

CRPも下がり、下痢の回数も減ってきました。口を開けるととても口内炎が痛々しいですが、白血球が上がってくるまであと少し。がんばって乗り越えようね!

あ、ハハは夜もちゃんと寝ているのでご安心を。

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2007年5月10日

踊る元気はありますが…

移植後3日目です。移植当日を0日と呼ぶそうなので、今日で3日ということになります。

37℃台後半のお熱が出て、呼吸が苦しそうです。しかし、CRPも高くないし、胸に水が溜まっていることもなく、肺のレントゲンやその他数値も特に異常なし、ということで、感染の疑いはなさそう、とのこと。

酸素を鼻から入れていましたが嫌がったので口元にマスクを置いて酸素を吹き流すようにしてもらっています。

起きているときは酸素なしでも問題ないのですが、眠ると、すーっとサチュレーション(酸素飽和度。血液に溶け込んでいる酸素の量)が下がり90を割り込んでしまいます。

当然、すーすー という呼吸ではなくて、肩で息をしている感じで脈拍も上がり気味になってしまいます。

昨日に比べて少し活性が出てきたな、と感じたのは、「カブかん!見る」と要求し、DVDをセットしてあげると寝ながら踊っていたことでしょうか。

そして、ほどなく先生がいらして「峠は越えたと思います。週末から週明けにかけて白血球が徐々に上がってくると思います。」とのお言葉。

ほっとしました。

寝起きだった夕方は、機嫌も悪くて、おむつ替えでものすごい大泣き。喉が痛かったんじゃないの??と聞きたくなるくらい腹の底から大きな声を出してました。

疲れたのか、トロトロしながら19時前に眠りました。このまま朝までぐっすり寝てくれれば良いなぁ。。。

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2007年5月 8日

移植終わりました

昨日無事移植が終わりました。

大サイズのシリンジ一本分くらいの幹細胞を、いつものシリンジポンプで3~40分程度で注入し、終了。

その後血圧が120程度まで上がりましたが、数時間後には90程度、といつもの数値に。

移植当日はそんな感じで大がかりなイベントという様相ではなかったのですが、ハハは酷く疲れて(緊張していたせいでしょうが)帰宅する頃には口をきくのも大儀なくらいになってました(情けない)。

粘膜障害は徐々に酷くなり、つばを飲み込むのもいやがります。なので、ため込んだ唾液のせいでふくれっ面になり、横を向くと口の端からダラダラ…と垂れてきます(^_^;) よだれかけ復活か?!と思うほどです(本人は嫌がりそうですが)

今日の午後から高カロリーの点滴を始めてもらいました。すると、それまではほとんどしゃべる元気すらなかったはるくんなのに消灯1時間くらい前から徐々にテンションが上がってきました。

といっても、「ドラえもんが見たい」とか「そこじゃ(そこにDVDプレイヤーを置いたら)見えないじゃん」とか、要求とクレームばかりでしたが(^_^;)

一時的にがくんと減った尿量ですが(心配しました)、半日後には再び”じゃーじゃーくん”に復活。

微熱と、全身の粘膜障害と、頻回の水様便と。これはまだしばらく続きます。

「いたいよー」と言われると辛いし心配だけれど、病棟には同じ治療を受けたお子さんたちが何人も居て、みんな驚くほど元気になっていて。そしてママさん達からは「うちもそうだったわー。みんな一緒よー。あと2週間、がんばって」と励ましてもらっています。

骨髄移植なんて普通の治療、くらいの雰囲気がある病棟ですが、世の中的にはきっとそんなことはなくて、移植ネタでおしゃべりするママさんも周囲にいなくて不安と孤独感を感じながら看病を続けているお母さん達もたくさんいるんだろうと思います。

はるくんの治療に当たっては、先生、看護師さんはじめスタッフの方達の豊富な経験とレベルの高さ、設備や雰囲気などに主眼を置いて病院を選びました。それらにはもちろん大変満足をしていますが、ハードな治療を笑顔で乗り切っている子供達とそのすてきなご家族がこんなにも私たちを支えてくれるとは。想定外の効果で絶対に必要不可欠なことなんだ、と入院してからわかりました。

11月6日の入院から半年が過ぎました。入院期間は1年、と当初告げられたので、日数的には折り返し地点を越えたことになります。

過去を振り返ってあーじゃこーじゃと言うにはまだ早いけど、毎日毎日「今日も無事に寝てくれた」と思っているうちに気づけば半年過ぎ去った、そんな感じです。

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2007年5月 6日

幹細胞移植前夜

世の中的にはGW最終日ですが、我が家にとっては移植前日です。

今日はベッドの上に座ってミニカーで遊んだり、DVDを見たり。ぐったり感は昨日の方が強く感じました。

お昼の時間に「うあんだー♪(訳注:ごはんだー)」と盛り上がっていたので、いそいそと食事の用意をしたら突然顔をしかめて「うっっ」と。

まる2日以上何も食べていないので(薬以外は)、吐くものもなかったみたいで、ひたすら「うっっっ」。

かわいそうなことをしてしまいました。

今の状態で大量に吐くのは体の電解質バランスが一気に崩れるので、出来る限り避けるべきなのだそうです。
危うく、胃液(?)を吐かせてしまうところでした。

熱が37℃台だったので予防的に抗生剤を追加してもらい、血小板を輸血しました。

口内炎も酷くなり、口腔ケアの時、イソジンをひたした綿棒(すごく大きい)で口の中を拭うと、ほっぺの内側あたりで血が付着します。痛いようです。

それでも一生懸命薬を飲み、腎・肝機能、電解質バランスも良く、良い状態で明日は移植に臨めそうです。

連休最終日、外泊に出ていたお友達が病棟に帰ってきました。割と楽しげに戻ってくる子が多いのでおもしろいものです。

少しずつ賑やかになり、いつもの風景になりつつある病棟です。

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2007年5月 5日

いよいよぐったりです

超大量化学療法の2回目、day4です。明後日、いよいよ移植です。

昨日の夜から、口内炎、喉の痛み、etc、ありとあらゆる粘膜が荒れて痛みが酷くなってきました。

と、言いつつも、目もうつろでぼんやり、ってほどでもなく、ヒーヒー泣くわけでもなく、ベッドの上に座ってDVDを見たりしていたはるくんです。

ですが、薬を飲むのが(というより、「飲み込む」という行為)苦痛で、吐いてしまったり、泣いたりしてしまうので、PCAという装置につながれたモルヒネを使ってもらうことにしました。

これは疼痛緩和目的で、少しずつモルヒネが投与されますが、酷く痛むときにはボタンを押すとビュっと、その瞬間多めに入っていきます。

これをつないでもらって、はるくんは顔をしかめる回数が減りましたが、顔つきも病人っぽくなり、「ママ、お手々つないで」というリクエストも増えてきました。

「ごろんする」と横になったままDVDを見ています。ときどきうつらうつらしたりしますが、「カブかん!見る」というリクエストもあり、ディスクをセットしてあげると横になりつつも、手だけで踊っています(すごいなぁ)。

ちょっと微熱があって、感染症とか気になりますが、一番気になる腎機能、肝機能、電解質バランスはばっちりなので、このまま調子よく進んでもらえればなぁ、と思います。

今後、平均2週間、この状態が続くようです。移植が終わって白血球があがってくると、口内炎や粘膜障害も少しずつ改善されるとのこと。

毎日毎日、その日のことを考えているうちに夜になって、気付いたら移植部屋から出られてた、なんてことになるといいなぁ、と思ったこどもの日でした。

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2007年5月 4日

全部入りました

Tsuru1 超大量化学療法2回目、day3です。

GWですが、首都高は各高速道路の渋滞を受け混雑気味。昨日はとても時間がかかったので今朝は早めに家を出ました。

クリーンルームへの移動にあわせるように、二つの千羽鶴をいただきました。ひとつはお隣に住んでいるはるくんのお友達ご一家が作って下さいました。もう一つはチチハハさんが。お友達ご一家には小さな赤ちゃんがいらっしゃるし、チチハハさんははるくんの看病に頻繁に足を運んでもらっているし、毎晩私たちに温かい夕食を用意してくれています。そんな中でつくるのはどんなにか大変だったことでしょうか。

ありがたいなぁ、と思うと同時に、こんなにも支えられ、応援されているのだなぁ、と胸が熱くなりました。

10時頃テスパミンという薬が終わり、化学療法はすべて終了。はるくんの人生においては、抗ガン剤なんてもう2度と使うことがないよう、祈るばかりです。

はるくんは寝ころがってDVDを見たり車のおもちゃで遊んでいます。

今のところ最大の敵は粘膜障害、特に口内炎のようです。白血球が上がってくるまで(ちなみに今日は20でした)治りようがないので、あと2週間くらいはこの状態が続くと思われます。

お茶も食事も飲み込むのが痛くて、意欲はあるものの受け付けません。

それを除けば現在のところは良好です。

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2007年5月 3日

踊ることも出来ます

Kinpira1超大量化学療法2回目の投与、2日目です。

明日の午前中まで24時間かけて注入するお薬があるので、それが終わればいよいよ前処置(っていう言葉の響きは軽くて好きじゃありませんが)は終わって、来週の移植を待つばかりとなります。

お昼前までは、”カブかん!”を踊ったりして、(ちなみに写真のポーズは”坂田きんぴら”(お馴染みの”鉞担いだ金太郎”さんの息子さん)のキメポーズです。きちんと見栄もきっているでしょ?)昼食もうどんを半分ほど食べましたが、午後のシャワーの後疲れて1時間ほど眠り、その後からだんだん機嫌が悪くなってきました。

口内炎も痛そうで、夕ご飯はパス。薬も少し吐いて、ごろごろしてDVDを見てました。

下痢も嘔吐も口内炎も想定内(というか、なるべくしてなるというか)。おしっこもよく出て、肝機能も異常なし、ということで、順調です。

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2007年5月 2日

まだまだ元気です

超大量化学療法2回目の投与が始まりました。

1週間前に入れたお薬と同じものです。

その薬の副作用がどっと出てくる時期でもありますし、相当ぐったり来ているだろうなぁ、と思って病室に行ってみると、想像を遙かに超えた元気っぷり。

昼寝せず、吐かず、薬を上手に飲み、おかずは受け付けないものの主食は半分以上食べるし。

ただ、喉の痛みがあるためか、食事はものすごくゆっくりです。1時間半くらいかけて少しずつ食べてます。

口の中を少し噛んでしまったようで、口角の内側あたりに、小指の爪くらいの大きな血豆状のものができてました。痛そう(>_<)

それでも、今日もベッドの上で”いざや カブかん!”を踊り、よく笑い、おしっこもたくさん出て、一日が終わりました。

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2007年5月 1日

クリーンルームへ

超大量化学療法7日目です。

今日はクリーンルームへ引っ越しをしました。完全無菌のお部屋ではありませんが、極力菌を持ち込まないための様々な装置や決め事があります。

はるくんのベッドサイドへ行くときは、今までのマスクに加え、帽子、ガウンを身につけなければならず、手洗いもイソジンでかなり頻回に行う必要があります。

慣れない動作と引っ越しでバタバタとしまくっていたハハがやっと椅子に座ったのは午後5時を回っていました(^_^;)

肝心のはるくんですが、粘膜障害が起こり始め、食事時に喉の痛みを訴えるものの、食欲はあるようで(「お腹空いた。うわんばいたい」(訳注:ご飯食べたい)と訴えます)、少しずつ時間をかけて食べています。

お昼はオムレツを完食し(今回はケチャップにはまりました。今まで苦手だったのに)、食パンを牛乳に浸して半分ほど。

夜は、小指の先ほどの大きさの「あかちゃんおにぎり」に海苔を巻いてお醤油をつけたものをお茶碗に6割ほど。1時間半くらいかけてゆっくり食べました。

クリーンルーム入室に備えて昨日のお昼に尿カテーテルを抜きましたが、今日の夕方新たに入れました。テープで固定が出来ないため痛いらしく、その後はずっと横になっていましたが、それまでは車のおもちゃで元気に遊んでました。

お薬を一度吐きましたが、水分もよく摂り、おしっこの出もよく、下痢も3回ほど。肝機能も含めて全身状態は今のところ良好です。

明日からの2度目の抗ガン剤投与に向けて、赤血球と血小板を輸血して長い1日が終了。

いよいよ明日から大変な日々が始まります。

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2007年4月30日

明日引っ越しです

超大量化学療法6日目です。

はるくんは、少し吐いたり、食欲が少し落ちてきていますが、元気です。

腎臓も肝臓も今のところ大丈夫なようで、水曜日からの2度目の抗ガン剤の投与も、フルドースで行けるとのことです。

いよいよ明日は、移植部屋への引っ越し。おもちゃの持ち込み制限などもかなりあるため、今日の夜はIKEAのショッピングバッグ3個分くらいの荷物を自宅に持ち帰りました。

はるくんは、運ばれてきた夕ご飯の臭いをかいで軽く戻してしまい、その後夕食は受け付けずに眠ってしまいました。

チチとハハ(私たち夫婦のことですが)は、エナジーチャージのため、自宅近くの焼き肉屋さんへ行ってコレステロールを蓄積してきました。

さぁ、いよいよ引っ越し&移植前処置本番です。

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2007年4月28日

強い子だね(だよね?)

超大量療法4日目です。

熱、下がるかなぁ、感染症じゃないよね? と心配しつつ帰宅した昨晩。今日、病院へ行ったら熱は下がっていました。

そして、懸念していたシャワーは「すごく頑張りましたよ!」と看護師さんに言ってもらえるほどおとなしく、協力的に済んだそうです。

固定されていない尿カテーテルが違和感(というよりも、痛み)あるようで、あんまり動き回ることはありませんでしたが、時々立ち上がって踊ったり、チチ(だんなさま)と楽しそうに遊んでおりました。

食事も、おかずはダメでしたが、ごはんは全部食べることが出来ました。

さらには下痢もとまって、親子共々ほっ。

大先生から「第1ステージ無事クリアだね」とお墨付きを戴き、またまた ほっ。

はるくんは強い子 って言ってもいいのかな。

しかし、厳しいのはこれから。

とりあえず、肝機能、腎機能、その他、特に問題のある状況にはなっていないので、このまま突き進んでくれることを祈るのみ、です。

世間ではGW初日。病棟では外泊に行ったり、退院したりするお子さんがたくさんいて、閑散としてました。

我が家は無事4日目が終了しました。

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2007年4月27日

少しずつぐったり

超大量療法3日目です。

白血球が下がり始めました。そして、下痢も頻回になってきました。ぷりっというのと同時に、実も少し出ちゃったって感じで(お食事中の方恐縮です)、15gとかそんな程度しか出ないのですが、放っておくとおしりがかぶれてしまうので、なるべく早くおむつ替えです。

しかし、はるくんが「いたいよー」ととても嫌がるので、申し訳ない気持ちで一杯ですが、こればかりは止めるわけにはいかないので。

寝ながらDVDを見て過ごすことが多いですが、大好きな「いざやカブかん!」は、寝ながらでも一緒に踊っています。たくましい。

ご飯は、おかずは全くダメですが、うどんやごはんはほぼ完食しています。夕食時は一度吐いた後、すぐに「うわんばいる(訳注:ごはんたべる)」と残りのご飯を平らげました。たくましい

微熱が少し出たので抗生物質入れ始めました。それを除けばすべて順調に終わった3日目でした。

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2007年4月26日

シャワーが大変

超大量化学療法2日目です。

今日で1回目の投与は終わりです。(2種類の薬のうち一つは24時間かけてじわじわと入れていくので明日の10時までつながってはおりますが…)

今日から1日2回のシャワーが始まります。毛穴からも薬がじわじわ出てきて皮膚にダメージを与えるので洗い流す必要があるからです。

毛穴からも、ということは、涙腺などからも沁み出てくるわけで、泣いてばかりだと目の周りの皮膚が真っ赤になってしまうそうです。

はるくんは固定されていない尿カテーテルや胸から出ている2本のCVカテーテルが痛いらしく(シャワーの間、これらの管とはるくんの体を支えている看護師さんが一人つきます。洗い担当と、看護師さん二人がかりです)大泣き。

そして、今まで毎日貼ってあったテープの跡も石鹸が滲みるようで、さらに大泣き。「お風呂で遊ぶ~」と持っていったはるくん専用注射器にお湯を入れて手渡しても受け取ろうともしません。

「がんばれ~」とか「もうすぐ終わるよ」とか声をかけるのもやがて限界が訪れ、たぶんその時の私の顔は心配そうな表情だったろうな、と思います。ダメですね。

食欲もだんだんと落ちてきました。でも、バナナや牛乳はまだまだ行けます。ここからがハハの腕の見せどころ。食事の時間が苦痛にならないように、一口でも多く食べさせるようがんばります。

シャワー以外は、ぬりえをしたり、本を読んだりDVD見たり。チチ(だんなさまのことですが)がくれば二人で大笑いして遊んでいます。

きれいな色のおしっこもたくさん出ているし(これ重要)、電解質バランスも取れているし、順調に2日目を終えました。私自身かなりナーバスになっていて、疲れちゃったのでだんなさまがお寿司をごちそうしてくれました。ありがたいです。。。

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2007年4月25日

はじまりました

超大量化学療法初日です。

Day11今日、明日、2日間抗ガン剤の投与があります。たくさんのシリンジポンプが用意されました。

2種類の抗ガン剤だけでなく、利尿作用のあるお薬とか、いろんなものも平行して体の中へ入っていきます。

朝一番で、導尿のためのカテーテルをおちんちんに刺して(ひゃー)準備万端。

はるくんは尿カテには強い(?)タイプみたいで、普段は入れてしまうとへっちゃらっぽい(抜き差しの時は当然泣きますが)。

しかし、今回は、尿カテをテープで体に固定できず(皮膚が弱ってくるため、テープ類の使用は厳禁なのです。貼ってしまうと、はがすときに皮膚も一緒に……うっ)、ちょっとした衝撃で膀胱内のバルーンが動いてしまうらしく(痛いらしい)、じっとして動きません。

10時過ぎの吐き気止めのクスリを皮切りに、いよいよメインのお薬を入れていきました。

Day12特に、不調を訴えるでもなく、おもしろいかっこでDVD鑑賞しつつミニカーで遊ぶはるくん。

正午前から2時間ほど眠り、起きてからお昼ご飯をしっかり食べました。でも、しんどいのか、座ると尿カテが痛いのか、「寝たままうわんばいる(訳注:寝たままご飯食べる)」とのリクエストで、やたらと時間がかかり、食べ終わる頃にはおやつの時間でした。

吐くこともなく、なんとか初日終了。

ハハは緊張が顔に出ていたらしく、看護師さんたちから「緊張してますか?リラックスして下さいね」とたくさん声をかけられましたとさ。

明日も同じクスリを入れていきます。

あ、そうそう、大事なことを書き忘れていました。

MIBGシンチという、全身への神経芽腫の散らばり具合(早い話が転移の様子)を調べる検査で、転移していた部分がなくなってました!

確実に転移部分のガン細胞が居なくなった訳ではないのですが(だからこそ、の超大量療法ですから)、大きな固まりとして存在しなくなった、ということです。

幸先良いスタートです。

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2007年4月24日

超大量化学療法まもなく開始

いよいよ超大量化学療法→自家造血幹細胞移植(詳しい内容は、←をクリックして下さい)が始まります。

先日、先生方からこの治療についての説明をして頂きました。

いったい何を目的にこのようなことをするかというと、全身に散らばっているガン細胞を超大量の抗ガン剤を使って死滅させたいからなのです。

そのとき、正常な血液の細胞もすべて死んでしまいます。なので、そのまま放っておけば当然死んでしまいますので、あらかじめ採っておいたはるくんの「造血幹細胞」という血を作る源を体内に戻してあげて、自分の力で血を作ることが出来るようにしてあげるのです。

はるくんの使ってきた抗ガン剤は、腎臓に大きなダメージを与えるのですが、腎機能を調べるクレアチニンクリアランスという検査でも、okayサインをいただき、超大量療法では抗ガン剤をフル投与できることになりました(腎機能が落ちていると薬の量を制限せざるを得ない→十分な効果が期待できない可能性あり)。

いよいよ明日、治療が始まります。

少しずつの休憩を挟みながら、家族、支えてくれるすべての人、みんなで手を取り合って半年あまりかけて、エベレストのベースキャンプまでをずっとずっと走ってきたような気分です。

これから登頂成功を目指すわけですが、その後またまたオペという高い山がそびえてます。これまでの日々を振り返ると、ハハ自身が一番辛かったのは、神経芽腫だと確定がつくまで、でした。はるくん自身もそのときがいちばん元気が無く辛そうで、先の見えない日々でした。

再び、そういう日が訪れるのかも知れません。

そんなに甘い治療ではないからです。

合併症が起きるリスクは高くて、その内容は多岐に渡ります。血管障害を起こしている可能性が否定できないことから、心配は尽きません。

しかし。親が気を付けて防げることではなく、そんなことが起きないことを祈るしかないのです。



私たちにとって勇気づけられることは、元気な頃と同じくらいはるくんの体重が増え、走り回るほど元気になったこと。だからきっと大丈夫。そう信じたいと思います。

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2007年4月19日

節目の外泊

13日(金)の午後から15日(日)の朝まで外泊してきました。

「移植前に外泊して体調崩すとスケジュールが狂うから外泊禁止!」と、大先生から厳しいお達しがあったのですが、前処置まで10日以上あることもあって、今回出してもらうことになりました。

白血球は610、ということでかなりヒヤヒヤ、警戒しつつ、の日々でした。

13日は偶然にもハハ(私のことですが)のサンジュウ"ピー"回目のバースディ。

チチハハさんがケーキとプレゼントを用意して待っていてくれました。

Gaihaku05

Gaihaku08_1

はるくんと一緒にろうそくを吹き消しました。あ、そこのあなた、ろうそく数えないで下さいっっ

そしてケーキをぺろりとたいらげました。ほんと、びっくり。そして旺盛な食欲にうれしくなったハハでした。

Gaihaku12 ハハチチ家からは、ハハハハ特製の五目寿司とipod nanoをプレゼントに。これからnike+のランニングギアを買って、朝のジョギングに励みたいと思います。

付き添いの日々は、動かないし、不規則な食事→ドカ食いで、あっと言う間にぶくぶくになってしまうのです(-_-;)ハハも体力付けないと。

暖かかったので、外で遊びました。白血球が低いので大好きな土いじりや小石遊びは禁忌ですが、楽しそうに駆け回ってました。

Gaihaku10

Gaihaku11

シャボン玉がお気に入り。前回の外泊で遊んだ時とは比べものにならないくらい、たくさん、勢い良く飛んでいきます。

Gaihaku04自宅の隣にある会社の倉庫で、たまたま作業中のフォークリフトと遭遇。「エンジン」というものが積まれていることを1年ほど前に初めて知り、以来、「オリットエンジン」と呼んでいます。(フォークリフトという発音は難しいらしく、オリットになってしまうのです)


主治医の先生から外泊時の注意事項として「熱を出さないで下さい」と言われていたので(やろうと思ってできることではないと思うけど(^_^;)緊張した外泊でしたが、特に何かに感染するようなこともなく、あっと言う間に終わりました。

超大量化学療法→移植へ向けて、全身のチェックがはじまりました。

いよいよです。

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2007年4月 8日

新しい車

前回の外泊の時、はるくんのためにペダルカーを購入しました。

ペダルカーとは、昔っからある、足下のペダルをキコキコすると進むという、あれです。最近では高級車や外車などのラインナップもあって、びっくりです。

病院から帰宅したとき眠っていたので、起こさないようにそっと抱っこして家の中まで運んだのですが、玄関に置いてあった新車に気づいたらしく、お布団に寝かせたとたんにパチっと目を開けて

「自動車のところに行く~」

と泣かれました。車好きの真骨頂見たりって感じ。

Car2 まずはミラーの調節をしないと、ね
Car3 うん、こんなもんかな
Car1 うーん、いいねぇ、この走り!

ずいぶん長い時間、車に乗って遊んでいました。着実に体力がついてきてる感じ。体重も、一番減ってしまったときよりも2kg以上増えて、以前のぽちゃぽちゃしたほっぺやあごが戻ってきました。

次の外泊はいつになるのかわからないけれど、もっと暖かくなっていることでしょう。楽しみだなぁ。

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2007年4月 3日

最後のクリーンウォール(だといいな)

Img056 昨日、6クール4日目にしてクリーンウォールがついてしまいました。最短記録です。

6回目ともなると、骨髄もだいぶ疲れているのでしょう。投与4日目で白血球580、好中球250。仕方ないですね。

---------

なんて、昨日は思ったんですけど、今日は白血球680、好中球440で、ちょっぴり昨日よりも改善(^_^;)

誤差なのかしら。それとも、やっぱりあんまり薬が効いてないのかしら。

とにもかくにも、次の治療はクリーンルーム(通称:移植部屋)で行います。そこでは当然簡易的な装置であるクリーンウォールは使わないので、今回のが最後です。

なかなか白血球が上がらなくて、移植部屋(移植予定者が多くて後がツカえている)を追い出されたら話は別ですが(^_^;)

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2007年3月30日

お花見

Img049 昨日、東京は気温25℃に迫る勢いで、桜の花がすごい勢いで開花しました。風は強かったものの(そして花粉の飛散量はものすごく多かったけど)「花見のチャンス!」と思い立ち、主治医の先生に許可をいただいて、病院敷地内の桜をはるくんと二人で愛でに行きました。

前回、春分の日の散歩が、治療開始後初めての「院内外出」でした。やはり暖かい日で、喜々として病院の庭を歩き回るかと思いきや、すぐに「だっこー」で肩すかしを食らいましたが、今回は違います。

ちっともじっとしていなくて、写真もまともに撮らせてくれませんでした(^_^;)。芝生の斜面をトコトコ歩き、患者さんの搬送を終え帰途につく救急車を見つけると

「あ、救急車だねぇ。サイレンならしてないねぇ。緊急事態じゃないんだね」

とトコトコ。だっこして近くまで行って見せてあげると

「トヨタだねぇ。」だの

「これはスーパーアンビュランスじゃなくて普通の救急車だねぇ」だのと、

Img048「はるくん、これが桜だよ」という説明には耳を貸さずにひたすらマイペースに自分の興味の対象に引き込まれていたのでした。

そうこうしているうちにだっこのままぐっすり眠ってしまったはるくん。30分程度の外出だったけど楽しんでくれたのかな。

今日から6クール目の治療が始まります。これまでの経緯からして腫瘍が劇的に小さくなるとは思えないけど、奇跡が起きて「いやぁ、良く効きましたねぇ」という先生の笑顔が見られたら、こんなにうれしいことはありません。

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2007年3月29日

カテ入れ終了

はるくんの左のおっぱいちゃんの下あたりから、管がでていて、そこから薬を入れたり採血したりしてます。

中心静脈カテーテルっていうものなのですが、もう1本必要になり、昨日オペしました。

一発でスルリと入ったそうで、16:45に手術部へ入り、麻酔が覚めたあと18:00過ぎに出てくるというスピーディーさ。

今度は右のおっぱいちゃんの脇から管が出てきました。

予定では明日から6コース目の治療が始まります。今度は今までと少し違う薬を使います。

そしてそれが終わると、いよいよ超大量化学療法→自家造血幹細胞移植、と第一の山場を迎えます。2本のカテーテルはこの”山場”の為に必要、ってことなのでした。

感染とか起こしませんように。

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2007年3月26日

外泊しました

金曜日から日曜日まで外泊でした。丁度1週間前にクリーンウォールが取れ(5クール開始から22日)そして待望の外泊。最近は病院でもよく食べるようになってきたので、以前のような「外泊時の爆発的な食欲」はなくなりましたが、それでも夜中に目を覚ましてカレーを食べたり、夕食時には餃子を8個も食べたりしてました。

だいぶ動きが活発になってきたので、スペシャルプレゼントでペダルカーを用意しておきました。庭で乗り回して遊んでくれました。写真は後ほどアップします。

そんなこんなであっと言う間の2泊3日も終了。また病院の日々が始まります。

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2007年3月16日

今日のおやつはかっぱえびせん

Img026はるくんは1週間ほど前から「学童食」というメニューに替えてもらい、食生活がお兄ちゃんぽくなりました。

今日はあこがれのおやつ、かっぱえびせんがでました。むちゅうでたべてます。

はるくんの病院では、外から持ち込んだものを口にすることができません。ペットボトルの水もダメだし、海苔やお醤油も禁止。

これまで、はるくんはおやつの時間は食べられるものがありませんでした。

というより、病気になる前だったら大好きだったものを味覚の変化で受け付けなくなってしまったのです。

楽しみの少ない病院生活の中で、おやつの時間も楽しみに出来ないなんてかわいそうだよなぁ…とずっと思っていたのですが、かっぱえびせんの出現で「今日のおやつはなんだろな~♪」っていう小さな幸せが増えてくれたら本当にうれしいです。

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2007年3月 6日

病院での過ごしかた

昨日からクリーンウォールが付きました。これまで4度、「すごいベッドになったね!すごーい、お屋根がついてるぅ!」などとおだててごまかしてきましたが、ベッドから降りることは出来ないし、粘土遊びは原則禁止だし、いいことなんて何も無い、ということをすっかり理解してしまったはるくん。

ママ、お電話貸して」と言ったはるくん。携帯電話でバーチャル通話をするのがブームです。

もしもしぃ、ちょっとぉ、お願いがあるんですぅ。はるくんは、プレイルームに行きたいんですぅ」と、誰にお願いしているのかは分かりませんが、訴えておりました。切なくもあり、それよりもかわいくもあり。

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2007年3月 2日

第5クールも投与終了しました

今日で第5クール5日目。

始める前から血尿が出ていたり、途中発熱したり、心配な要素が多々ありましたが、なんとか投与最終日を迎えました。

今回は、全く食べられない、という日がなくて、ぐったり加減もたいしたことなくて、薬に体が慣れてきたのかも知れません。

先週末、入院して以来ずっと同室だったTくんが退院し、今週の頭から、やはりずっと同室だったSくんが超大量化学療法→移植の為に特別な部屋に移りました。 病棟ではまだまだ新入りって思っていたけれどいつのまにか入院してから4ヶ月近く経ってました。

気分的に第2ステージ突入した、という感じです。

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2007年2月26日

こっちが参ってしまった

日曜日の夜、外泊を終えて病院に戻らなければなりません。

本人もうすうす気付いていて、なんとなく警戒している。

早めの夕食の後、チチが「はるくん、そろそろ病院に戻らなければ行けないんだ」と告げると、案の定、うわーん、と大泣き。

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2007年2月25日

今月も外泊の日がやって来ました

木曜日。4回目の化学療法の仕上げ(?)に、自家末梢血幹細胞移植に必要な幹細胞の採取を行いました。

3回目の時にも同様のことをしていまして、そのときに質・量ともに充分なものが採取できたので、本番ではそちらを使います。よって、今回は予備。とは言いつつも、せっかく痛い想いをするわけで、どうせなら良いものがとれると良いなぁ、と。

内容については検査の結果待ちですが、今回は静脈も動脈も左腕からつなぐことが出来ました。そのせいもあってか、はるくんはスタート直後から眠ってしまい、終わる直前に目を覚ます、というリラックスした感じで済ませることができました。

そして、ご褒美の外泊!今回は金曜日から日曜日まで2泊3日です!

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2007年2月23日

長期展望

先日、外科の先生も含めて今後の治療方針などについての説明がありました。

4回目の治療が終わったら腫瘍の摘出ができるかも、という話はなくなりました。

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2007年2月21日

ストレスなんだろう、きっと

20日の朝、病院に来たらクリーンウォールがはずれて、ベッドから降りることができ、プレイルームで遊んでいました(^o^)

今回のクール(4回目)は投与5日目からクリーンがついていて、はずれた日は22日目。長かったです。

ストレスも相当たまっていたようで、10日ほど前からどもるようになり……あんなに難しい車の名前を(ホイールローだーとかコンクリートミキサー車とか)平気で発語していたのがだめっぽい。

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2007年2月12日

連休の病棟

3連休。はるくんは、白血球が30程度しかないので、もちろん外泊はできずに、病室で過ごしました。

悪い部分が小さくなっているせいか、すごい元気です。ずーっと立ってます。点滴のコードがくにゅくにゅに絡まっております。

連休中の病棟は閑散としていて。看護師さんたちにも時間的なゆとりが感じられました。

現在、私は病院敷地内のハウスに滞在して付き添いをしているので、連休の間はだんなさまも一緒に泊まって、ゆとりを持って過ごすことができました。

はるくんを寝かしつけてから、食事へ出かけていろんな話をしながらワイン飲んだり、途中で付き添いを交代して、仮眠を取りにハウスへ戻ったり。。。

子供が入院している家族の生活リズムっていうのが出来上がりつつある今日この頃。

先はまだまだ長いから、力を抜けるときは抜いて、ダッシュしつづけなければならないときは全力疾走で、ってかんじに上手にやっていきたいと思っています。

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2007年2月 6日

動き回ってます

Inbed1 前回の外泊でひとりでたくさん歩けるようになって自信がついたのでしょう。

ベッドの上で歩き回ってます。

以前は、柵に掴まって歩いていることがほとんどだったのですが、今回は手を離して歩き回り、時には「ジャンプ」と言って軽く飛んだりするので、当然転んだりすることもあって、ベッドの上にミニカーなんかが置いてあると危険です。

お気に入りのぷーちゃんの毛布をなぜか腹巻きにして、うろうろ。

「プレイルームに行って遊びたいよ」とおねだりされますが(そして、私もはるくんが歩いている姿をとても見たいけれど)、クリーンウォールがはずれるのは相当先になるでしょう。

4回目ともなると、骨髄も相当疲れているみたいです。

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2007年2月 5日

第4クール 薬は終わりました

第4クール。なんとか最後まで薬を入れることができました。

血尿が出てしまい、開始が1日遅れ、3日目には発熱があったりしましたが、ノルマ達成しました。

さすがに4回目ともなると、白血球の減り始めも早くて投与終了前の5日目にクリーンウォールがついてしまいました。

嬉しいニュースが一つ。

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2007年1月30日

4回目の治療が始まりました

4回目の治療が始まりました。

本当は、月曜からスタート予定だったのですが、血尿が出てしまい延期。先週のG-CSFで白血球がなかなかあがらなかった一連の出来事から、なんだかうまく行かないことが増えてきた、と落ち込んでいたのですが、周囲の先輩ママさん達から

「いろいろあるのよ。すべてが順調にいく事なんて、無いわよ。4回目ともなればもっといろいろあるわよ」

と事前に言われていたこともあり、やっぱりトラブルだよ、4回目・・・ と、がっくり来ることはなく、逆に、「やっぱり、こんなもん?」肝が据わりました(少しだけ(^_^;)

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2007年1月28日

切なかった・・・

今日の午後、はるくんが病院に戻りました。

とても元気になったので、本人的にも「病院に戻る理由がないだろう?」と感じて、帰るのを嫌がるのでは?と懸念してましたが、出発の時間が近づき、家を出るよう促されると、自分から

「とーちゃんブーブに乗る」

と靴を履き始めたそうで。えらいぞ!と思うと同時に、胸がキューっとなりました。

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2007年1月27日

そして外泊

幹細胞の採取もなんとか終え、4クール目に入る前に、恒例のご褒美、「外泊」です。

今回は土曜日の午前中に病院を出て、日曜日の4時に戻る、というタイトなスケジュール。

Gaihaku1でも、お昼ご飯に大好きな「かれーうあん」(訳注:カレーライス)を2皿も食べて、自転車に乗って少しだけ外出。

暖かくて外泊にはうってつけの、とてもありがたい陽気でした。

線路の脇に自転車を止めて電車を眺めて、消防署へ行って救急車やポンプ車をチェックし、近所の工事中の大きな公園に建設機械を見に行ったり、と、なんてことはないし、短時間だったけど充実した「外出」でした。

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2007年1月26日

造血幹細胞採取

Saisyu3 今後行われる自家造血幹細胞移植に必要となる、はるくん自身の「幹細胞」を採取しました。

←これが、3時間ほどかけて採取された、はるくんの「造血幹細胞」約50ccです。私たち家族にとっては、どんな宝石よりもずっとずっと貴重なものです。

見た目は、粘性があまりなさそうで、マグロの赤身からしみ出た汁、みたいな感じです(こう書くと有り難みに欠けますね(^_^;)

左腕の動脈から血液を採りだして、遠心分離器にかけて、必要な幹細胞を採取、残った赤血球などを左足の静脈に戻します。成分献血のときと同じ原理だそうです。

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2007年1月25日

クリーンウォールはずれる

本日、第3クールの治療のクリーンウォールがはずれました。

儀式(?)になっている、「食堂でのごはん」も、点滴ガラガラ引きずりながらしてきました。

おかずもたくさん食べて、うれしくなったハハでした。

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2007年1月17日

家に帰ってきました

2週間の単身赴任(病院の隣の宿泊施設に泊まって看病を続けてました)が終わって、自宅に戻ってきました。

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2007年1月14日

日曜日の病棟

第3クール10日目。土日は血液検査はありませんが、たぶん、今日あたり白血球の数は底だと思うのですが、はるくんはかなり元気ありました。

日曜日の病棟は、外泊に出ている子も多いので、ちょっと閑散としていて、そしてお父さん比率が高いです。

うちのように、子供がはるくんだけならばかかりっきりになれますが、きょうだいのいる患者さんも多いので、土日はママがおうちに残っているきょうだいと一緒に過ごし、パパが病院にやってくる、というパターンが多いからです。

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2007年1月12日

クリーンウォール設置

Dscf2295_1今日で第3クールの8日目です。白血球も予定どおり下がって460で、午前中にクリーンウォールが設置されました。

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2007年1月 8日

だんだん辛くなってきたみたい

化学療法、第3クールの4日目が終わりました。

同じ処方(?)で投与をした第2クールよりも、今回の方が少し楽そうでしたが(体が慣れたのかな?)、それでも、今日はしんどそうでした。

そして、ヘモグロビンの量が減ってきたので赤血球も輸血しました。

ねんどで遊んだり、DVDを見たり。「たっちする~」「歩けちゃった~」などの、アクティブな動きはまったく無くて、やっぱり辛いのかなぁ、と。

夕食が運ばれてきたときは、匂いをかいだ瞬間「気持ち悪い」と訴え、嘔吐。

つわりと一緒です。

結局夕食は食べずに、ゴロゴロしたまま午後7時に寝てしまいました。

連休が終わり、外泊していたお友達も徐々に戻ってきて、病棟がにぎやかになり始めました。

はやくみんなと遊べるようになるといいね。

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2007年1月 5日

病院に戻り次のステップへ

年末年始の一時帰宅から、3日の朝病院に戻りました。

自宅にいた時のはるくんは「冬眠前の熊」っていう感じ。とにかく、食べる。一日4食食べてました。

Eat1 Eat2 Eat3

毎日夜中の1時きっかりに必ず目覚めて

「うわんばいたい」(訳注:ご飯が食べたい)

と訴え、習慣化したら困るなぁと思いつつもリクエストに応じて「カレーうあん」(訳注:カレーライス)を食べさせておりました。
「病院に戻ったら食べたいときにご飯が出てくる訳じゃないんだよ」と言ったら

「病院じゃ食べられないからおうちにいるときは食べたいの」

と返され、そりゃあ、そうだわな、と妙に納得してしまった私たち。大甘な親です。

ほかにも、餃子を10個も食べたりとか、チーズとハムの入ったクロワッサンをペロリと食べたりとか、びっくり食欲の連続でした。

3クール目の化学療法に向けて、カロリーをため込んでいるのだろうというのが一つと、あとは、みんなで食事が出来るのが楽しかったんだろうと思います。

「みんなでうわんがばいたいの」(訳注:みんなでご飯が食べたいの)

と、隔離部屋にいる間ずっと言ってましたから。なので、ほとんど毎晩、隣のチチチチ家におじゃまして食事をともにしておりました。

どこに出かけるわけでもなかったし、特別なことは何もしなかったけれど、はるくんにとっては、一番良い過ごし方だったのではないかと思っています。

Syogatu1

Syogatu2

今回は外遊びもしました。でも、手が冷たくてすぐに退散。何度も通る首都高で、本物の東京タワーを見て感動し、帰宅後ブロックで最初に作った作品が「東京タワー」。元気になったら連れて行く場所リストにまた一つエントリー。東京タワー。車窓から見えるたびに「元気になったら来ようね」という会話が繰り返されることになるのでしょう。

---------

3,4日と、親子共々病院生活に慣れるための時間を過ごし、検査を少しして、今日の朝から3回目の治療が始まります。

小さい体で本当に良く耐えていると思います。今年は大きな山をいくつも越えなければならない、本当に大変な年になります。なぜこんな試練を?と考えても、答えなんて全く出てこないので、ずいぶん前にそんなことを考えるのは止めました。

遊んであげたり、抱っこしてあげたり、手をつないであげたり、そんなことしか出来ないけれど、あなたの力になりたいと心から思うチチとハハなのでした。

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2006年12月28日

隔離解除になりました!

携帯からで読みにくくてすみません。 今日の午後、RSウイルスの検査をしたら陰性でした\(^O^)/ 隔離解除です! ちょうど、お部屋で靴を履いて歩く練習をしていた時にそれを知らされ、うれしくてそのまま部屋の外へお出かけ。 プレイルームに行くと、大部屋で一緒だったお友達がいて。ママたちとお喋りに興じて私も久々に楽しかったです。 朝、一人ぼっちはかわいそうって思い、朝食の時間に間に合うように通った日々。チチハハさんに交代してもらったりしながら、車で送り迎えしてもらいながら、時には病院近くのビシネスホテルに泊まったりしながら過ごした日々。 正直、親子共々かなりストレスたまってました。 お互い限界に近い感じで。 「お部屋に帰りたい」とプレイルームから戻ってきたて個室のドアを開けたら「違うの!はるくんのお部屋はここじゃないの!」と猛抗議。よくよく聞いたら、お部屋から出られたんだから元の大部屋に戻るんだ!と主張してました。 そんなこんなな日々でしたが、明日の夜から外泊です!年末年始を我が家で! 夢のようです。病気がわかった時には絶対想像出来なかった話です。 治療も順調に進み、年明けには3回目の治療が始まります。 毎日必死にその日の事だけ考えて過ごして来たら年が暮れようとしてました。 歩けなくなっちゃったはるくんが靴を履いて私と手を繋いで歩き、私めがけてニコニコしながら、2、3歩だけど独り歩きしました。 辛い治療乗り越えてくれてありがとう。必ずチチとハハのところに帰ってきてね。

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2006年12月25日

峠は越えたようです

メリークリスマス!

RSウイルス感染で個室に隔離されてから1週間以上が過ぎました。

その間、一人でお部屋にぽつんとしているのがかわいそうで、朝ご飯の7時には着くように病室に通っていました。

ひとりではなかなか難しいので、チチハハさんに代わってもらったり、朝は車で病院まで送ってもらったり、近くの宿泊施設に泊まったり・・・

でも、RSのピークは抜けたようです。

鼻水は相変わらず出ますが、咳は収まって来つつあり、発熱も少しでしたし、今日は36度台をキープしてました。

クリスマスまでにはみんなのお部屋に戻りたかったけれど、お正月前には大部屋に行けるかも知れません。

しかーし。

一時帰宅するお友達が多いので、病院は閑散としていそう。

結局は、大きな部屋に一人で過ごすことになり、やはり7時出勤からは解放されないのかも知れません。

はるくんも相当ストレスが溜まってきたようで、些細なことで嗚咽するように泣いたりすることがあります。

お友達って大切。ほんとにそう思います。まだ会話が成り立つ歳じゃないけど、それなりに気持ちは通じ合っているんですね、きっと。

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2006年12月16日

隔離

2度目の化学療法も今朝で終わりました。

今回はきつそうでした。微熱も出ていたし。一昨日あたりから軽く咳が出始め、風邪ではないかとひやひやしてました。

今日検査したら鼻の粘膜からRSウィルスと言うものが見つかったということで、どこでどうもらったのかわかりませんが、白血球が低いお部屋の面々に感染させては大変なので個室に隔離されました。

あまり耳になじみのない病名なので調べてみましたが、このサイトにあるように、もっと小さい時期にかかっていたら結構大変だったみたいです。あるいは、かかっていたことがあったのかもしれません。重症化しなかっただけで。

いまのところ、熱は出ても38.0度。洟がダラダラ出て、苦しそうな咳を時々してます。今までのはるくんだったら、この程度の風邪の症状ならば、耳鼻科へ連れて行き、洟を吸ってもらって家で様子を見る、なんて感じでやり過ごしていたのでしょうが、なんといっても、今は白血球が1000程度。自力でウイルスと戦ってもらうにしては、「武器」が少なすぎます。心配です。

ウイルスそのものに効く薬はありませんが、他の感染症にかからないように予防的に抗生剤の投与をしてもらっています。重篤な症状にならないよう、そして治療のスケジュールに支障が出ないよう、祈るしかありません。

自分が一人で入院していたら、個室は気楽で良いのだけれど(高い個室料を支払ってまで入ろうとは思いませんが)、子どもとなると、本人自身がワイワイやる大部屋に慣れてしまったし、同室のママさんたちともいろんなお話させてもらって楽しかったので、早く復活して欲しいものです。

今までは、朝10時に病室に「出勤」する生活でした。ほかのお友達もいるし、その時間になるまで看護師さんとご飯を食べたり、体を拭いてもらったり、お友達とおしゃべり(どこまで会話が成立しているかは不明・笑)して、割と平気そうにして私の登場を待ってました。

でも、一人部屋だと、ポツンとベッドの上に座って、通りかかった看護師さんに声をかけてかまってもらう程度で、なんだかさびしそう。シチュエーションを想像しただけで切なくなってしまうので、朝食の時間(7:00)には行っていてあげたいな、と思っています。

通勤時間3分のここに居られるのも、火曜日まで。

その後も個室から出られなかったら(無理っぽい)、しばらく病室に泊るかもしれません。

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2006年12月12日

第2クールが始まりました

12月11日月曜日朝より、化学療法第2クールが始まりました。

前回の治療よりも少しお薬が増えるので、若干きつくはなるらしいのですが、元気にやっています。

点滴と尿カテーテルと呼吸や脈拍をモニタするコードと、3本の大事な線が体にくっついていて、けっこう活発に動くのでそれらが体やおもちゃに絡まってあやとりのような状態になっています。

そして、今回も味覚が変わり、マヨラーになってしまいました。左の写真は、お昼ご飯に付いてきたマヨネーズをチュウチュウしているところです。

2ndchemo1 2ndchemo2

2日目を迎えた今日は、昨日と比べたらしんどそうでした。

朝も昼もほとんど食べず、おやつのヨーグルトを食べた程度。最初の治療も含め、今日が一番辛そうにしていました。

でも、建設作業車のDVD見たり、トーマスのレールセットで遊んだりしているうちに「眠いからだっこ」を要求し、眠ってしまいました。

時刻は午後4時半!

こんな時間に眠ってしまったら夜寝なくて大変!と思いつつも、しんどそうだから食事をパスして眠りつづけてしまうかな、とか思ったり。

夕食が運ばれてきたときに起こしてみましたが眠そうにしていたので放っておいたのですが、チチがやってきてたら気配を察知して起きました。

あの手この手で夕食はごはんを4分の3ほど食べました。

本を読んだり、遊んだりしてなんとか8時半前には眠ってくれました。

薬の配合的には、2日目の今日が一番きついはずなので、明日は少し楽になってくれればいいなぁと思っています。

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2006年12月11日

おうちの持つパワー

8日金曜日の夜、チチ(だんなさまのことですが)に迎えに来てもらって、はるくんを連れて一時帰宅をしました

11日月曜日から抗ガン剤治療の第2クールが始まりますので、発熱とか治療に影響のあるような不調が起きたら外泊は即中止。

なのでサプライズにしておきまして。金曜日の検査でなかなか寝なくて(寝ないとできない、大事な検査だった)「今日、この検査がきちんと出来たら、夜、はるくんのおうちにほんの少しだけ帰ることが出来るの。でも検査が出来るまで病院からは出られないんだよ」と最強カードを切ったつもりが、わかったんだか、わかってないんだか、って感じで。

ほどなく、苦難を乗り越えその検査は無事終了し、食後にプレイルームで遊んでいると、チチ登場。荷物を用意して

「さぁ、はるくん、これを着て。これから父ちゃんブーブに乗ってはるくんのおうちに帰るのよ」

「はるくんも一緒なの?」

「そうだよ。でも、まだお病気治ってないからまた病院には戻って来なきゃ行けないんだー」

「やったー。いくいく~」

と、やっと事態を飲み込んだはるくんは飛びついてきました。

道は空いていて、40分程度で自宅に到着。首都高を走るいろんな車や夜景を見せてあげたかったのに、速効寝てしまったはるくんです。

3人で川の字でぐっすり眠り、8時過ぎに起きました。

土曜日が仕事だったチチは、泣く泣く職場へ。

はるくんは昼寝をする間も惜しんで遊び、一人で立ち上がり、伝い歩きをし、大好きなチチハハさんに手を引かれて階段を下りたり、すごく体力的に回復していることを感じました。

ケーキがばいたいの(訳注:ケーキが食べたいのです)」

すごいお肉がばいたいの(訳注:超高級な牛肉が食べたいのです)」

じぃじと、ばぁばと、とーちゃんと、ママと、みんなでうあんがばいたいの(訳注:祖父母、両親とともに食事がしたいのです)」

をずっと連発していたので、その夢を叶えるべく、チチハハさんが近所で有名なケーキ屋さんのロールケーキとシュークリームを買ってきてくれて、夕食には「すごいお肉」で鉄板焼きをしてくれて・・・

食べるだけのはるくんと私。

はるくんは、びっくりするほどたくさん食べました。
お肉は、たぶん100g程度は食べたのではないでしょうか。

夜もフラフラしながら「寝ないで遊びたいの!」と元気よく過ごし、電池が切れたように9時過ぎに眠りました。

10日日曜日は、チチチチさん、チチハハさんも一緒にみんなで病院に戻ってきました。
そのせいか、はるくんは泣くこともなく、外泊は無事終了しました。

子供が始めて歩いたときの映像って、興奮してしまって撮っていないことが多いと言いますが、いまの我が家にとってはそれに近い状態。

「わー、はるくん、すごい上手に歩けたね」

と、興奮してばかりで映像が記録として残っておりません(^^;)

10月半ばの発熱後、ぱったりと歩かなくなってしまったはるくん。

秋冬で履かせようと取っておいた、ハハハハ(私の母ですが)のハワイ土産のNIKEのスニーカー。もしかしたら、歩けるようになる前に足が大きくなってしまって使わずじまいになってしまうかも。と悲しんでいた私ですが、自宅から病院に戻るとき履いてきました。

そして、それを履いて、ほんの少し自宅の庭を歩き、病棟の廊下を歩き、一歩一歩確実に歩く感覚を取り戻しているようです。

「歩けたね~」
「ひとりで立っちしちゃった~」

と本人も自信を回復しているようです。

明日からの治療も、なんとか乗り切ってくれぇぇぇ。

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2006年12月 8日

外泊予定です

明日(もう今日ですが)、順調に行けば外泊が出来る事になりました。

月曜日から化学療法の第2クールが始まるので、それに支障をきたさないよう、発熱したり体調が悪くなったりしたら、外泊は即中止です。

本人にはまだ内緒にしてます。

すごい緊張しています。

私は単身赴任中であるのをイイコトに、家の掃除はだんなさまとチチハハさんに全てお願いしてしまいました。

ありがたいです、本当に。

はるくんが家に居る光景。バタバタと家の中を走り回る事は出来そうにないけれど、笑い声が響き渡るのかと思うと、想像するだけでジーンとしてしまいます。

だけれど。神経芽腫は厳しい病気であるという事実は頭の片隅にいつでも置いておかなければならないことなんだ、って改めて思っています。

今日は眠らずにCTを撮る事が出来ました。大人だと当たり前だけど、子どもが全身を拘束されてドーナツ型の機械の中に入って行くのはかなりの恐怖心を伴います。

薬で眠らせて今まで撮っていたのですが、「ママとおててつないで」でトライして、成功しました!

毎月1回は撮ることになるので、出来れば寝ないで撮影スタイルを確立したかったので、うれしいです。

「母親も治療の一助を担っているのだ。この子のためにできることがあるんだ」というのは気持ちをとても楽にしてくれます。

そんなことを思いながら、今晩は早く寝ることにします。

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2006年12月 5日

「お手てつないでて」は魔法の力

転院してきてからもうすぐ1ヶ月です。

白衣を見ると大泣きしていたはるくんですが、今ではすっかり慣れました。

実は、投薬の時、私が一緒に居ると助けを求めて飲まない日々が続きました。

すごく上手に吐き出すし。

「ママが一緒にいて、こんなにお願いしているのにどうして助けてくれないんだ」

という気持ちがあったんだと思います。もちろん、まずいから嫌なんだろうけれど。

で、しばらくの間、「はるくんがお薬を飲んでいる間、ママはトイレに行って来るね。戻ってきたら、上手に飲めたかどうか教えてね」と毎回話し、席を外すことにしました。

申し訳ないけど、看護師さんを悪者にしたんです。

で、一応、拒否しながらも、吐き出さずに飲めてはいたので「すごいね、ちゃんと飲めたんだね」と事後に誉めていたんですけれど。

ここ数週間、処置や不安な時、「お手て繋いでて」ってお願いされます。

繋いでいると、とても安心できるらしく、おとなしくしています。

なので、今日、思い切って「ママとお手て繋いでお薬飲んでみる?」と提案してみました。

大泣きしていたけれど、泣きやんで、しっかり手をつないで、どろりとしたお薬をお茶といっしょにゴクンと飲みました。

すごくすごく上手で、本当に感心してしまいました(親ばかで恐縮です)。

本人が調子よくなっていることも大きな要因なんだけれども、「手を繋いでいれば、勇気が湧いてくる」っていう自覚がはるくんに芽生えたというのがとてもすごいことだと思います。

今まで、健康だった時。言い聞かせて納得してもらうまで待ってもらう心と時間の余裕があったかといわれれば、あんまりありませんでした。

病気になって、乗り越えないといけないことも向き合う時間もうんと増えて、「じっくりやっていけばなんとかなるもんだ」という子育てに対する自信がほんの少し芽生えました。

悪いことばかりじゃないね。

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2006年12月 4日

白血球の数値が上がってきました

最初の化学療法が終わって約2週間。

白血球の値が上がってきました。もちろん、数値的には、基準値よりもぐっと低いですが、このまま感染症とかにかかることもなく無事クリーンウォールから出られるといいなぁ、と思ってます。

というわけで、出られるようになったら(たぶん、ここ数日で)また検査が色々始まります。

「最初の化学療法ですから、画像診断的に劇的な変化があるわけじゃありません。期待しすぎないで下さいね。でも、確かに薬の効果は出ているんですよ」

と主治医の先生に言われてますが、CT、シンチの画像を見るのは、やはり楽しみです。

そして、ひょっとしていよいよ外泊????

期待はあまりし過ぎないようにしたいと思います。

ところで。

今いる病院は、国際化が進んでいて、患者さん(と、そのご家族)も日本語がほとんどダメで、英語じゃないと、という方達がいます。

はるくんと同じ病気の子も、ママさんとお話するときは英語じゃないとダメなんですよね。

ところが、神経芽腫って英語でなんていうのか、副腎は?化学療法は?転移は?骨髄移植は?放射線療法は?  etc

我が家にある電子辞書では、全然役に立たずに、それなりの辞書で勉強が必要です。(↑一応、これらの単語については、学習しました(^_^;)

それだけじゃなく、人体解剖の本も、無いと困ります。

臓器の位置関係って、当たり前だけど3Dなんですよね。先生の説明を聞いていても、ピンとこないときがあったりするもので。

あんまり分厚くなくて、わかりやすくて、できれば英訳もついているような本を買いたいと思っているのですが、専門書を扱っているお店に行く時間がありません。

中身を見ないと買えないタイプのお買い物なので、通販女王の私でも、こればかりはそうもいかなくて。

はぁぁ、困ったなぁ、って思う事は続くのでした。

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2006年12月 3日

結構困っていること

はるくんは、まだ白血球の数などは底の状態なので、何かに感染してしまっては怖い状態が続いています。

そんなわけで、クリーンウォールに入ってからは、付き添う私はイソジンで手を洗っているのですが。

これが、大変なことになってしまいました。

ゴールドの結婚指輪が真鍮製?っていうような色になってしまいました(T_T)

指輪をしていたことそのものが間違いだったんですけど(指と指輪の間の汚れははずして洗わないと取れないし、そんなこと毎回やってられないですからね)、金製品がイソジンに反応して色が茶色くなってしまうだなんて、全く知りませんでした・・・

あまりにショックで、指輪ははずしてしまいました。

だんなさまにFRED(指輪を購入したブランド)に研磨に出しに行ってもらうことにしました。どうせ再び使えるようになるのは半年以上先だし・・・(^^;)

そんなことはお構いなしに、はるくんの活力は日々出てきました。

眠っているとき以外は横になることもないし、今日は右手をチチ(だんなさまのことですが)が支え、左手を私が握り、ベッドの上を歩いてみたりして遊んでました。

おしゃべりもすごくするし、会話の内容もどんどん高度になり、びっくりします。

先生や看護師さんと私が会話をしていると、自分のことが話題になっているのがわかるらしく、ものすごく不安みたいです。必ず抱っこをせがまれ、しっかり私の首に腕を回してしがみついてます。

処置が終わった後や、手ぶらで先生が来たときもそうなので、「何かされる」という不安ではなく(そういうときは、泣きますからね)漠然とした不安なんでしょうね。

おかげで、私は会話の内容をメモ取れなくて、同じ質問を2度したり、なんてことも。

それと。ものすごく困っているのは「抜け毛」です。

かなり本格的に脱毛してきているのですが、治療開始前に丸坊主にした関係で、1cm程度に伸びた髪があちこちにささって。

コロコロでも、取れないの。目の詰まったシーツの上に寝ていればシーツに付いたものはさっと取れるのかも知れないけど、子供の場合はコットンのシーツの上に防水シーツを重ねてあって、これがパイル地なんですね~。

お洋服にも刺さる。私のマスクにも刺さりまくる(肩に顔を押しつけてくるとはるくんの頭がちょうどマスクのところにくるもんで)。

チクチクしてかいわそうだなぁ、って思って、まめにとるんだけれども、追いつかない。洗濯しても、刺さっているものは指でつままないと抜けないの。

どーしたら、いいんでしょうかねぇ。

抜け毛が短い分、見た目の「ギョっっと感」は無いのですが、こんなマイナスポイントあるとは。。。。。
コロコロ、ガムテ、自分の手。駆使しまくってますが、「これだ!」という解決方法は見つかっていません。

「伊藤家の食卓」のサイトでも見てみようかしら。

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2006年11月30日

輸血しました

Dvd1_3 ふむふむ。なかなか良いんじゃないの?
Dvd2_1 結構、良いよね、これ。
Dvd3_1 やっぱ、良いよね。そうだよね、すごいよね。

一体、何に夢中になっているかというと、 「トミカわくわくDVD」というトミカ版機関車トーマスとでも申しましょうか。トミカの市販されている商品でジオラマを作り、車を走らせ、「トミカ王国」という短い物語を作ってしまった、というDVDです

病院で見ることの出来る、kids stationというプログラム(CATVやCS向けに作られている24時間子供番組を流し続ける放送局)で、食い入るようにその番組を見ているのをチチ(だんなさまのことですが)が発見し、クリーンウォール内の幽閉生活に向けて、ポータブルDVDプレイヤー とともに購入したのでした。

案の定、大はまり。「もう一回見る、もう一回見るの」とせがまれました。

それにしても、この社長座り。誰も教えてないんですよ。机の上に足を載せて座る人は誰もいないのに。

確かに、チチチチさんの家のリビングセットにはオットーマンがあり、その上に足を投げ出しているくつろぎ姿を何度も目撃はしているのですが。テーブルの上とは、違いますからねぇ(^^;)

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O1 実は、現在、骨髄抑制が底を迎えています。どういうことかと言うと、白血球(その中でも特に好中球)と血小板の数が一番減っている時期、ということです。

そんなわけで、今日から血小板の輸血が始まりました。

血小板って、柿のジュースみたいな色をしています。

10単位、入れました。約200mlです。1単位とは、1人の1回の献血から生成される血小板の量で、ま、だいたい20mlくらい血小板が含まれていると言うことで、×10ってことで約200mlという言い方をするそうです。

今後、何度もこれらの輸血を経験することになります。

人様からいただいてばかりでは申し訳ないので、私も献血をして恩返しをしたいと思うのですが、新宿駅西口の献血センターは、営業時間が短いんですよ!11:00オープンかな?で、きっちり昼休みは取るし、クローズも19:00前とかなわけ(ただ、抜群に上手に血を抜いてくれます)。

「ちょっと時間余ってるし、アイスクリーム食べたいから献血しようかな」と思う人も世の中にはいるかも知れませんが、私のように「やる気満々」で、でも、早朝か夜遅くにしか時間がとれない人はどうしたらいいのでしょうか。。。

ま、そんなときは「あんた、今、献血なんかしたら、倒れまっせ」という神のお告げ(私はキリスト教徒ではありませんが)なのでしょうか。

また、脱毛も、それなり始まりました。

でも、ニコニコしながら「立っちするの~」とベッドの柵に掴まって伝い歩きを楽しんでいるし、自力でお気に入りの椅子(上の写真にある黄色いマイチェア。自宅から持ってきました)に座れるようにもなりました。

本来的には油断ならない状態なのですが、本人的には食欲も増えてきたし(相変わらずおかずはほとんど手をつけません。ニオイがだめなのかな)、元気なので夜もなかなか寝なくなってきたし、不思議だなぁって思います。

来週の半ばから終わり頃、骨髄抑制も終わり、ググっと白血球も増えてくるそうです。(増えてくれないと困ります)

第2クールに突入する前に外泊とか出来るかしら???なんて期待もしたのですが、化学療法はいったん始めたら速やかにどんどんクールをこなしていくことが大切なんだそうで、治療の成功を優先に考えて、今はもう少し我慢しようかなぁ、なんて思ってます。

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2006年11月26日

頑張り屋さん

Dscf2028 昨日、私の仲良しのお友達のhoney-beeちゃんが、はるくんのためにクリスマスツリーをプレゼントしてくれました。

プリザーブドフラワーで手作りしてくれたものなのですが、とても高級感がありつつも子供が好きなモチーフがちりばめられていて、はるくんも「これなんだろう?」と飾りのひとつひとつに興味津々でした。

1週間ほど前から病室の窓ガラスにクリスマスのデコレーション(GEL GEMを貼っただけですけど)を少しずつ始めて、今朝ツリーを置いたらとてもクリスマスらしく楽しい雰囲気になりました。

honey-beeちゃん、本当にありがとう。病室のほかのママさん達もとても喜んでくれましたよ。

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ところで、はるくんが10月半ばに発熱して以来、寝込んでしまったせいなのか理由ははっきりしませんが歩かなくなってしまいました。

慎重くんだから、出来るはずであっても自信がないことは絶対にしないタイプなので、なんとか歩かせたいと思いつつも手をこまねいていたところでした。

主治医の先生によれば「痛みや違和感を感じていないとも限らないので無理に立たせたり歩かせたりせず自主性に任せた方が良いでしょう」とのことだったので、ベッド上での移動も本人が動きたそうにしていれば、最近は要求される前に手を出していたのですが。

しかし、今日のはるくんは違いました。

ベッドの柵に自分で掴まり、立ち上がったのです。そして、そのまま伝い歩きをして、途中座り込んだりして休憩したものの、ほぼベッドを1周しました。

Dscf2018 最後は、仲良しのぷーちゃんのぬいぐるみと手をつないでゴール。

満面の笑みでした。見ている私たちもうれしくてうれしくて「すごい、すごいよ!」を連発。

ある意味では、「初めての立っち」や「初めての伝い歩き」よりも感動的でした。

その後は、自力でベッドから起きあがり、ベッド上の自分のイスに腰掛けたり、とてもがんばりやさんでした。

重症患児ばかりの小児病棟にいると、先輩ママさんたちに「子供のもってる力ってほんとにすごいから。きっと大丈夫よ」っていう言葉を何度もかけてもらうのですが、今回それを体感しました。

これから白血球がまだ下がっていくので、油断はもちろん出来ないのだけれど、今日みたいなすごいところをたくさん見せてほしいな、と思いました。

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2006年11月25日

クリーンウォールが設置されました

Clean1_1今日からベッドにクリーンウォールと呼ばれる、簡易無菌室みたいなものが取り付けられ、はるくんは白血球の値がある程度戻るまでここから(ベッド上から)出ることが出来なくなりました。

相当ストレスでご機嫌斜めで大変だろうなって思ったけど、おしゃべりもたくさんして、意外なほど良い子にしてました。

同じお部屋のほかのお友達もそれを付けているので「自分のも『すごいベッド』に変身したのかな?」とか考えていたのかもしれません。

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2006年11月24日

病院にも慣れて来ました

Toys3 昨日は祝日だったので、チチチチさんとチチハハさんが(じぃじと、ばぁばのことですが)お見舞いに来てくれました。

目ざといはるくんは手に持っていた博品館の袋に目をつけて「それなんだろう?」とご挨拶そこそこに新しいおもちゃに興味津々。

プレイルームに持って行って早速遊びました。

いやがっていたマスクも、つけていられる時間が延びてきました。お部屋を出たくなると「はるくんのマスク出して」と言えるようにもなってきて、「病院暮らし」にもなれてきたようです。

Toys2 Toys4

最近のお気に入りは「働く自動車」で、ゴミ収集車に始まり、フォークリフト、ダンプトラックetc、おもちゃに限らず、ビデオも何度も見ています。

食欲は少しずつ増してはいるものの、やっぱり口にするのはごはんや麺などの主食だけ。
「ごはんまだかな~」とか毎回毎回ものすごく楽しみにしている割にはどうもダメみたいです。ほんと、つわりに似ているなぁ。

体の炎症反応を示すLDHという値は、薬を使い始めてからグングン上昇し、その後少しずつ下がり始めてきました。薬が体の悪い細胞をやっつけて、一番体に負荷がかかっていた時期が過ぎたのでしょうか。

この数値が上がっているということは薬が効いていると言うことで、「良い傾向」だそうです。
腎臓に負荷がかかるようですが、腎機能も今のところ問題なく、順調、順調。

そして、いよいよ白血球が下がり始め、早ければ週明けを待たずにクリーンウォール(って呼ぶのかな?)がベッドに設置され、ベッドから降りることが出来なくなります。

すでに結構ストレスが溜まっていて、扱いも大変になってきました。新兵器として、ポータブルDVDプレイヤーを購入しました。
プレイルームまで行かなくても、お気に入りのDVDを見て気を紛らわせることができれば、と思います。

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ところで、今日は、初めて検査を失敗しました。MRIを撮るために、お薬を使って眠らせるのですが、どうもタイミングがうまく合わなくて検査室で起きてしまう、というのが2度も。

今日休暇を取れば4連休になることもあり、病院は地方から予約を取ってやってきた人でいっぱい(ただでさえ、休みの前後は混み合うのですが)。
うちの子だけでMRI室を長時間使うことも出来ず、今日の検査は諦めました。

泣く泣く検査室から戻ると、お昼ご飯も食べずに3時半まで爆睡。

なんだよー、と思いつつ、ハハ(私のことですが)もイスに腰掛け爆睡。

その姿を多数の方が目撃されたようで、「お母さん、相当お疲れのようだから」と主治医の先生を含め、あちらこちらで声をかけていただいたのですが、西日があたるポカポカの場所にいて、手持ちぶさたなら、誰だって眠くなっちゃうよぅ って話してました。

私は私で、火曜日から病院の敷地内の「マクドナルトハウス」という病気の子供に付き添う親のための宿泊施設に泊まらせてもらっています。
期限は4週間。広いキッチンがあって、自炊が出来ます。
雰囲気としては、アメリカやイギリスの大きな大学にあるドミトリーみたいな感じ(って、あこがれていただけで実際には留学果たせなかったんですけど)。

もう、本当に至れり尽くせり、で感動です。

クナイプのバスソルト詰め合わせを買ってきて、のんびりアロマなお風呂につかったり、お顔のパックをしたり、贅沢させてもらってます。

職住近接ってやっぱりいいよなぁ

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2006年11月21日

悲しかったこととうれしかったこと

今日の朝、保育園に寄って退園届を出してきました。

今年に入ってから一時保育でずっとお世話になり、「待機児童」として通常保育の空きを待っていました。
8月に突発性発疹による脳症で入院している間に「9月から通常保育で入園可能」というお知らせをいただいたものの、9月1日の入園初日には発熱してお休みするというアクシデントが。

生まれて初めての運動会を翌日に控えた10月13日の夕方、園から「急に発熱しました」とお迎えコールをいただき、そのまま登園することは出来ませんでした。

当初、まさかこんなに悪い病気だとは予想だに出来ず、区で認められている上限いっぱいの2ヶ月間お休みをして復帰したいと思っていたのですが。。。

確実に年度をまたぐ入院になることがわかったので、退園した次第です。

毎朝決まって、保育園が近づいてくると、自転車の前かごの部分に座っているはるくんを(自転車こぎながら)右腕で抱きしめて「はるくん、ママははるくんが大好きだよ。ママ、お仕事がんばるからはるくんもお友達と楽しく遊んでね」ってお話ししてました。

バイバイで泣かれたとき、仕事をすることの意味や、子育てを放棄しているんじゃないかと考えたことは何度も何度もありました。

通常保育が始まってしばらくすると「ママはお仕事がんばれ」って言ってくれるようになりました。

一緒に靴をしまった下駄箱や、「一人で上るの」とチャレンジした階段、迎えに行ったとき、満面の笑みをたたえて走ってくる姿、そんなときに「お片づけしてね」というと、ちゃんと戻って妙にきっちり片づける几帳面なところ。

そういう、日々の積み重ねの姿がたくさんあるのが保育園でした。

たくさんお話しすることを覚え、食事の前には「アーメン」を唱え、先生方にかわいがっていただいて、ものすごくはるくんに影響を与えてくれた、存在感の大きいところでした。

「あぁ、本当ならここにいるはずなのに」

と、また一つ、「はるくんのいる風景」が私の中から無くなりました。そう思うと、どうしても涙がこらえられませんでした。

絶対、絶対生還して、もう一回、一時保育から再スタートが出来るように、そして、仕事を再開できるくらい、はるくんの健康に自信が持てるようになれるように、今は、ただただ祈るしかありません。

でも、今日はうれしいこともありました。

今朝10時過ぎ、1クール目の抗ガン剤の投与(5日間続きました)が終わりました。多いときには5つくらい付いていた輸液ポンプも一つに減って、おしっこの管もとれて、身軽になったので部屋の外に出られるようになりました。

今後約3週間の間に、白血球の値が下がり、そして再びあがったら1クール目が終了で、2クール目に入ります。

1クール目が終わるまでは、そんな状態なので、ベッドを簡易的なクリーンルームにして、そこから降りることはできなくなります。
点滴は一つ付いているけれども、今はまだ白血球の数値が落ちていないので、プレイルームでビデオを見たり、お友達と遊んだり出来る貴重な期間。

久々に笑顔を見ることが出来ましたが、薬の影響で吐き気が突然襲うようで、まるで「ひどいつわり」状態。

お昼ご飯前も、抱っこしていたら私の肩に「をぇぇぇぇ」とやってくれました。

なかなか手放そうとしない、はるくんの大好きな「ぷーちゃん」の毛布もドロドロに。

急いでお洗濯して乾燥機で乾かして夕方渡してあげると

「ゲーしたぷーちゃんの毛布、もうお洗濯してキレイキレイしたの。ありがとう」

とお礼を言われました。

あまりの賢さ&かわいさ(存分に親ばかで恐縮です)に感動してハグして涙ぐんじゃいました。

少しでも元気が出て、ご飯が食べられますように。おしゃべりしたり笑顔が見られる時間が少しでも増えますように。

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2006年11月19日

ケーキカット

今日ではるくんは2歳3ヶ月。

抗ガン剤治療は4日目を向かえました。いちばんきつい薬のブレンドは2,3日目に終わったので、今日は比較的楽なのかなぁって思っていたんですが・・・

朝ご飯は全く食べなかったそうです。

10時過ぎに到着したとき、ぐったりテレビを見ていて、私の顔を見るなり「ママ~」って泣いてました(ま、よくあることなんですけどね)。

でも、お昼ご飯は、時間がかかったけどおかずは2割くらい食べて、主食のご飯も全部食べました。

おもしろいもので、大好きなヨーグルトは口から吐きだし、味覚が変わったようです。治療中はよくあることみたいです。

ところで、化学療法中は、たくさんの水分も一緒に点滴します。オシッコは管を通って袋に溜まっていくのですが、絹豆腐のカスのようなものが一緒に流れていきます。

老廃物が排泄されているのだそうです。「これが死んだガン細胞なのか???」とにらみつけてみますが、ほんとに死んだガン細胞なのかどうかはよくわかりません(^_^;)

食後は粘土遊びをしました。いろんな食べ物を作って切ったり、楽しそうでした。

しかし、ゼンマイが切れたように「ネンネする」と横になり、3時前に少し昼寝をし、その後はずっとご機嫌斜め。

夜ご飯も食べませんでした。

感じたことのない体の不調(吐き気や、頭痛など、彼自身表現できないので詳細はわからないけど)に、倦怠感はもちろんのこと、ものすごく恐怖感を感じているのだと思います。

大人だって、体験したことのない頭痛などにみまわれたとき「うわー、死んじゃうかも」って怖さ感じますからね。

抱っこしたり、不安を取り除いてあげるくらいしか、親に出来ることはありません。もどかしいのですが。

2歳3ヶ月を記念(?)して、粘土でケーキを作ってあげました。動画をアップしますので、お暇な方はどうぞ。

「cakecut.wmv」をダウンロード

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2006年11月17日

治療が始まりました

昨日から、抗ガン剤による治療が始まりました。

吐き気とか、倦怠感とか、食欲不振とか・・・

「酷い二日酔いの状態が延々続く」と表現されるそうなので、気になって気になって、昨日の夜は病院に泊まりました。

初日。

思ったよりも元気でした。クレヨンで絵を描いたり、ミニカーで遊んだり。

吐き気を訴えることもなく1日が過ぎましたが、食事は主食と汁物しか食べてくれません。

眠りも浅かったようで、夜中に何度も起こされました。

そして今日、2日目。

化学療法は抗ガン剤を2種類程度ブレンドして使うのですが、今日、明日は、吐き気の強く出る薬を使うのだそうです。

げーげーしたらかわいそうだなぁって思ったけれど、そんなこともなく、二日目も終了。

老廃物は(薬によって死んだガン細胞なのかどうかはわかりませんんが)尿に混じってたくさん排出されます。たくさん尿が出ないと詰まって大変なことになるらしいのですが、はるくんはたくさんたくさんオシッコを出してくれました。

そして、絹豆腐を細かく砕いたようなかすが混ざっていました。

先生からも「たくさん食べられてるし、強い子だね」とお褒めの言葉をいただき、気が軽くなりました。

今日も泊まる予定だったんだけれど、私自身も疲労が溜まり始めたし、はるくんも思ったよりも元気そうだったので帰宅しました。

明日は早朝からチチハハさんとチチ(だんなさまのことですが)が交代して見てくれます。

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2006年11月15日

検査の結果

2歳2ヶ月の息子、はるくんの神経芽腫闘病のお話です。

今回から、闘病メインのお話になっていきます。

医学的っぽいことがたくさん書かれていてつまらない方はとばして下さい。

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今日は、検査の結果について書いておきます。

相当シビアな話です。詳しいことはいろいろリンクを貼っておきますので、そちらを参照していただきたいと思います。

11月13日。生検と中心静脈カテーテルの埋め込みなどの為の簡単な手術を受けました。

お腹を開いて、腫瘍を少し切り取り、いろんなサンプルを作って多角的な検査を行うためです。

手術は3時間ほどで無事終わり、翌14日夕方から1時間半ほどかけて主治医の先生から検査結果(これまで行ってきたものを総合的に)の説明がありました。

  • 神経芽腫で間違いない
  • 遠隔転移(右大腿骨骨頭、左腸骨骨髄)あり
  • n-myc陽性

ということで、stage4 という診断でした。

どういうことかというと、一番進行している、とういうことです。詳しくは、滋賀医科大学のページに解説があるので読んでみて下さい。

はるくんが入院している病院では、4回の化学療法のあと、腫瘍の摘出手術を行い(現段階では大きすぎて取ることが出来ませんので、抗ガン剤で小さくします)、もう一回化学療法をし、骨髄移植を行って、放射線をかけて完了

という治療を行います(ものすごく簡単に書いてます。実際はマニュアル通りには行かず、完全オーダーメイドで治療は行われます)。

というわけで、長い治療生活にはいることになりました。

手術で入れた、中心静脈カテーテルを使って、明日から化学療法(抗ガン剤治療)が始まります。

大人の抗ガン剤治療とは違って、白血球をほとんどゼロにするくらい大量投与します。

それでも、子供はすごくて、3~4週間経つと白血球の数が戻ってくるのだそうです。

大人でそんなことをしたら感染症で大変なことになるんだとか。それだけ子供は活力があり、食べ物、空気、水、化学物質 etcで汚染されていない、とても状態の良いパーツを持っていると言えるのだそうです。

親が出来ることは、風邪を引かず、体調を整え、看護を「病欠」しないこと。それに尽きます。

病棟の皆さん、同じような病気と闘っています。手洗いの回数は(手洗い場の数も)尋常じゃありません。全員マスクしています。

私も外出時のマスクは必携で臨みたいと思ってます。

がんばります。

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